2020年の春に広がりはじめたコロナウイルスによるパンデミックは、私たちが「あたりまえ」と思っていた日常を一変させました。今までごく普通にしていた、会食、旅行、イベントなどには制限が課され、人々は口元を覆い、触れあうことを控えねばならない。
本作は、そんな「今」に戸惑う方、順応しつつある方、孤独を感じてつらい気持ちになっている方……、いろいろな立場や思いを持つ方々の心に、間違いなく何かを残してくれる作品です。
ウイルスより強力に確実に他者を殺す「呼気毒」。三歳と十二歳という線引きで、人は共に過ごせる相手が決まってしまう。耐性のある相手でなければ、素顔で触れあうことも、本当の声を聞くこともできない。
そんな風になってしまった世界で生きる人々の、願いや想い、孤独と愛を描いた、短編連作の群像劇です。
各章の主人公たちは、年齢も立場も違い、呼気毒に対する向き合い方もさまざまです。一人一人の心情が丁寧に描かれているので、それぞれの抱える悩みや孤独が胸に迫ってきます。
各章は独立した短編として読めますが、細い糸で綴じられるように、誰かの物語が別の物語へとつながってゆく、そんな構成です。
誰かの主観が、他の誰かの視点によって塗り替えられる。誰かの孤独は、他の誰かにとっては憧れ。叶わぬ想いに身を焦がし、あるいは孤独に溺れそうになり、美しく見える死を願いながらも、誰かが灯す光に救われる。
そういった繊細な心の機微が、丁寧でやわらかな文章と瑞々しい描写によって脳裏に広がり、気づけば没入しています。
人によって共感できる主人公が違ってくると思いますが、どの人物も懸命に今を生きていることが伝わってくるので、読後はとても爽やかなものでした。
完結しており、全体の長さも文庫本一冊程度です。ぜひ、ご一読ください。
登録:2021/7/26 13:03
更新:2021/7/26 13:03