〈彼女は静かに目を瞑った。彼女の瞳の裏に映った木陰が今まさにこの場に現れている。〉
古本店“揚姜堂”。故郷に帰還した優一が、かつての記憶をたどるように訪れたのは、前の店長に世話になり、現在は友人の才人が運営している古本屋だった。理由は、一冊の本で、それは前店長との間で、ある約束を交わした本だった。条件付きで。その条件を優一がまだ達しているようには思わない、と才人は言うが……。
物語の中に、過去から現在、と流れていく時が描かれ、そこに嵌め込まれた喪失や過去への憧憬、優しさは、なんら派手な言葉で飾られることなく、穏やかで、淡々としていて、染み入ってくるものがあります。
未来を舗装する言葉を、中原中也の作品を、チェ・ゲバラの言葉を引用し、そして作者自身の言葉で、紡いでいく。読後、ほの見える先の光景に想いを馳せながら、ふ、っとちいさく息を吐いていました。素敵な作品。
登録:2021/11/14 01:33
更新:2021/11/14 01:32