高齢化の進む郊外の田舎町、派手な事件も滅多に起こらない町の交番に勤務する警官の〈僕〉のもとに、ふらりと吉岡のおばあちゃんが「落とし物」をした、とやって来る。吉岡のおばあちゃんはこの町に住む独居老人の一人で、少し痴呆が出ていて、だけど足取りはしっかりしている、そんな彼女の姿がどことなく自身の祖母に似ている気がして、〈僕〉が他の人より気に掛けている住人だった。特に心当たりもなかった〈僕〉に「落とし物が届けられたら、教えて下さい」と吉岡のおばあちゃんは帰っていき、それから日も待たない内に彼女はまた「落とし物」が来ていないか、と尋ねにきて、それ以降は毎日のように今度は落とし物があったと軍手を拾って(それも毎回)、自分の「落とし物」がなかったか、と交番を訪れるようになる。彼女の「落とし物」って何だろう……、本当に「落とし物」なんてしたのかな……、そんな不思議な日が一週間くらい続いた頃、〈僕〉たちの交番に、強盗事件の捜査で県警の人がやって来て……、というのが物語の導入。
ネタバレフィルタは付けましたが、事前情報を持たずに読んだほうが楽しめるタイプの作品だと思いますので、ぜひ作品のほうをまず読んでいただければ、と思います。
いつまでも纏わり続ける恐怖というものがあります。
どれだけ忘れようと努めても、忘れた気になっていても、片隅には残って消えないままの記憶が、ふいによみがえる。本作の登場人物が恐れる過去と同じ経験した者でなくても(すくなくともこれを読んでいるひとの中にはいない、と思います。……えっ、いないよね……)、恐れる過去、忘れたつもりにしている記憶を抱えた者は多いでしょう。そんなひとの心の触れて欲しくない部分に触れるように、他人事ができず自分事となっていく、そんな感情自体はどこにでもある、身近な、とても怖い物語だ、と思いました。結末には寂寥感が余韻として残る、ほのかな幻想味もあって、個人的な嗜好も含めてとても好きな作品です。
登録:2021/11/14 01:50
更新:2021/11/14 01:50