“二人の囚人が鉄格子から外を眺めた。一人は泥を見た。一人は星を見た。“
作品のエピグラフに掲げられた、フレデリック・ラングブリッジの言葉。本作を読むまで私はこの言葉を知らなかったのですが、同じ立場の人間が二人いたとして、物事のどこに目を向けるのかはその人次第、という意を表したものだそうです。
その日、二人の少年が死んだ。一ノ瀬真と柚木良平。柚木良平は肉体を、一ノ瀬真は人格を失う、という形でこの世から消えてしまったのだ。
彼ら二人には二人だけの特異な“体質”があり、互いの右手に触れると人格、心が入れ替わり、互いの左手に触れるとそれが戻り、高校の同級生だった良平と真は、不思議な関係のまま高校の三年間を過ごしていく――。この能力とは距離を置きたい良平と距離を縮めてくる真の姿が、真逆な性格をよく表していて、印象的です。そして卒業式を明日に控えるその日、真から「最後にもう一度だけ入れ替わってくれないか?」と提案を受け――。
……と、語るのはここまででいいでしょう。ここからは初めて読むひとのためのもの。その面白さを奪うようなことがあってはいけない。
自分自身を見失っていくような感覚、“良平“と同様の境遇に置かれるひとはいなくても、同じような気持ちを経験した記憶がある、あるいはいまそういう現状にいるひとは多いでしょう。そんな多くのひとが他人事にはできない“良平“が借り物ではない自分を見つけていく姿には、普遍的な青春小説として心に刺さる面白さを感じました。冒頭に掲げられたエピグラフは作中でも使われていて、物語の終わりに綺麗に絡み合っていくさまは、読みながらとても心地よかったです。
登録:2021/11/14 01:55
更新:2021/11/14 01:54