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分厚いドラマを幾重にも重ねてくる物語の迷宮

5.0
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 図書館のような施設にひとり、レポートを書くためバッハについて調べる学生のお話。

 ホラーです。読み終えてジャンルを確認してみたらホラーでした。読んでいる最中は正直ホラーだとまったく思わないのに、でも最後まで読み終えるとしっかりホラーしている、このお話にでっかい蓋をされる感覚がもうとんでもないというか、完膚なきまでにやられました。すごい。ボッコボコに打ちのめされてもう立ち上がれない。冒頭の一発ですでに膝に来てるのに、読み進めるたびに威力を増していく物語。中盤に差し掛かる頃にはすっかりめまいがしていたというか、完全に過剰摂取です。物語の量と圧がもう、一本の短編に込めていい上限を明らかに超えている。どうしてこんな物語が書ける?

 いやもう、面白かったです。本当にただただ楽しんだという感覚。おかげで自分なんかが感想みたいなこと書くのがもったいないくらいなのですけれど、でもやっぱりいても立ってもいられないので何か書きます。正直、完全に物語に呑まれたという自覚があるので、とてもまともに言語化できる気はしないのですけれど。

 まずもって冒頭からもううまいです。遺書という強いタイトルの通りの鮮烈な書き出しに、その流れを途中でバッサリぶった切ってのこの、こう、なんだろう。転調、どころか別の話が始まるような。視点というか視座そのものが一気に遠くに引いて、ほとんど端的な説明のような形で世界設定を投げ込んでくるのですけれど、そこに列挙された単語のパワーがもうすごい。あまりにも威力があってかつ想像もしやすく、これだけでうっすら世界の輪郭が見えてしまうのに、そのまま勢いが途切れずぐいぐい引き込んでくれる。なんだこれ!? もう完全な奇襲攻撃なんですけど、でも思いついたところで実力がなければ成功しないタイプの奇策。考えに考え抜かれた冒頭であるのはもとより、単純な文章力の高さまでもが窺えます。

 お話の筋そのものは、まごうことなきディストピアSF。最初にホラーって言いましたけどそれはあくまで最後まで読めばの話で、八割がたは骨太なSFしてると言っていいと思います。それもディストピアもので、少なくとも現実の現代日本とは異なる(はず。そう言い切れないのが怖いっていうか本当に脱帽するしかない!)価値観の中に生きる人間の、その感覚の書き方の繊細さ。文章の理路自体をさらりと理解させてきたうえで、感情的な面できっちり不協和音を引き起こしてくる。わかるのにわかりたくないような感覚というか、なんかもうあまりに作者の手のひらの上すぎて笑うしかないです。すごい。

 その上で、というか挙げ句の果てにはというか、登場人物が実質主人公ひとりだけという点。それでしっかりストーリーが成り立っているばかりか、彼自身の抱えた葛藤や確執、すなわち人間のドラマまで描き切っていて、いやもうこの感想大丈夫ですか? どうしてもただベタ褒めしたみたいになっちゃうんですけど、本当にこう言う以外にない。どうしようもない。本音を言えばもっと芯の部分に踏み込んで語りたいと思わせるくらいの内容があって、でも完全に打ちのめされているのでその辺が言葉にならないという、いやもう本当に自分でも何書いてるのか分からなくなってきました。興奮して早口になってるような状態。

 凄かったです。もう本当化け物みたいなすんごい作品で、こんなの本当に初めてでした。とても面白かったです。読めてよかったー!

和田島イサキ

登録:2021/12/15 18:30

更新:2021/12/15 18:30

こちらは和田島イサキさんが読んだ当時の個人の感想です。詳細な事実については対象作品をご確認ください。

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610 light-years Love

来世における巡り合いのお話(※語弊のある表現)

 約九十年の人生の締めくくり、間抜けな人生だと自嘲しながらも、でも満ち足りて往生するひとりの男性のお話。  しっとりと落ち着いた描写が胸に沁みる、切なくも優しい手触りの人間ドラマ、のようなSFです。ドSF。どうやってもネタバレになるというか、いやそもそもタグの時点で明かされてるも同然な部分なので〝そこ〟についてはもう気にせず触れてしまうのですが(困る人はいますぐ本編へ!)、シミュレーション仮説をモチーフにしたお話です。その辺りを端的かつ印象深く象徴しているのが、本作のキャッチである『あなたの愛する人は本当に実在するのでしょうか?』の一文。これ好きです。本編の内容を読み終えてからだと、より強く意味合いが強調されるような感覚(後述します)。  導入であるところの「九十年の人生」、それはすべて仮想現実だった、というところから始まる物語。宇宙船での星間航行中、どうしても持て余すことになる長い時間を潰すための、娯楽としての人生のシミュレーション。要は長い夢から覚めたようなもので、さっきまでの人生はすべて作り物でしかなかった、というのがこのお話の肝というか前提になるわけですけれど。  ここで面白いのがこの主人公、というか作中の人類全般のことなのですけれど、寿命が半永久的に続くんです。現生人類の人生一回分の時間くらいは、ほとんどあっという間の出来事。さすがに未来(千年後)の世界だけあって全然違うと、それ自体は特段なんてことはないのですけれど。  宇宙船のコンピュータによってシミュレートされた方の人生、それが千年前(作品外における現代)の世界であるということと、そして『シミュレーション仮説』というタグ。これらの意味するところというかなんというか、まあ要するにメタ的に見ることで作品の主軸とはまた別の妙味を上乗せしてくるという、この構造とそのさりげなさにニヤリとしました。あくまでも副次的に書かれている、そのお洒落というか上品な感じ。  さて、その上でその主軸、物語のメインとなるドラマなのですが。まんまとやられたというか綺麗に決まったというか、きっちり組まれた構造の綺麗さにうっとりします。単純にロマンティックないい話でもあるのですけれど、これ構造だけ見てちょっと見方を変えるなら、ある意味転生ものみたいなところもあるんですよね。いわゆる前世からの生まれ変わり、離れ離れになった運命の相手に再び巡り合うお話のような。王道であり古典でもあるその類型を、でもただSF的な設定の上に持ってきただけでなく、まったく違う手触りに変えてみせる。物語を自分の(作者自身の)ものにする、というのは、たぶんこういうことなのかなと思いました。  あと大好きなところ、というか絶対触れずにはいられないのは、やっぱり結びのあの一文。このサゲの爽快感がもう最高に好きです。伏線等も綺麗に回収しつつ、すべてがこの瞬間のために描かれた物語。とても綺麗で、しっかり壮大なSFでありながらも、その向こうから人の生を伝えてくれる素敵な作品でした。

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和田島イサキ