全18話 31,615字 読了まで約1時間
文章力はかなり高いです。文芸寄りの文体です。
活き活きとした心情描写に引き込まれます。
現代人的な苦悩をじっくりと描いていますが、読み口は爽やか。
人称すらも効果的に使ってみせた、配慮の行き届いた作品です。
以下、詳細をレビューしていきます。
舞台は現代日本。主人公は何をやってもうまくいかず、そんな自分を卑下し続けている男性です。彼は小学生の時に起きた悲劇の影響で、人生の歯車を狂わされてしまいました。
本作は断片的にしたためられた主人公の未来、現在、過去のピースを眺めながら、彼の境遇と苦悩に思いを馳せる作品です。都会と田舎、現在と過去、現状と憧憬、これらの対比が温度感を伴って表現されており、主人公の心情にすんなりと近づけます。
主人公は卑屈であるものの、善良な人物であり、自然と応援したくなるキャラクターです。悩み事を克明に描いていますが、そんな主人公が嫌で読書が止まるということは無いと思います。
反面、全てが整然として美しく、読み物としての起伏には乏しいです。もちろん、これは優れた美点でもあり、ある一人の人間を純粋に描き切っていると言えます。
文章力も非常に高く、引っかかりがほとんどありません。個人的には"蚊"のくだりと、反復表現のうまさにぞくりときました。
この作品では時折一人称と三人称が入れ替わるのですが、いつかの三人称には羨望を、いまの三人称には希望を感じて心に響きます。この表現は素晴らしかったです。
多分、誤字脱字はありません。ですが、改行が少なすぎて見辛いところが多く、せっかくの文章が単調に感じられて残念です。
以上、しみじみと読書に勤しみたい方に強くオススメできる作品です。心穏やかな一時間を過ごせるうえ、清々しい読後感も得られると思います。
登録:2021/7/12 18:12
更新:2021/7/23 17:15