最高のひと皿を、唯一認めたライバルに捧げる。
ノベルアップ+の自主企画に参加された、異世界ファンタジーと異世界の料理作品です。
「天才料理人」と自負する、ラウルの一人称で物語は進みます。
天才を自負するだけあり、貴重な仔グリフォンのソテーに実は仔羊を使って食材偽装をしていた。しかし、それは彼が天才であるが故今まで誰にも見破られなかった。「美味しい、さすが天才だ!」と喜ぶ人ばかり。だが彼と同じ「天才」と呼ぶに相応しい、国王陛下直属の『神の舌』をもつ天才毒見役レナートに、その事を見破られてしまう。そうして、王が望む「直属の料理人」となる。
企画の限られた文字数内(5,131文字)の中に、物語の中に必要である要素が全て詰め込まれていています。しかし、読みやすい上に非常に読了後の満足感がある作品でした。
『ブルーベリーそっくりなドクウツギの実』の表現が出た時、タイトルを思い出しこれがこの物語のヒントだろうと読み手は考えるでしょう。それは間違いありませんが、どこでそれが出て来るのかワクワクします。タイトルも物語も、平和に感じるからです。
口は悪いが、確かに料理の天才であるラウル。そのラウルに料理の改善点を教え、更なる高みの味を求める神の舌の天才毒見役レナート。しかしレナートはラウルの腕を認めていて、今までの料理人では満足できなかった「至高の味」をラウルなら作り出せるだろうと日々楽しみにしていた。
誰かの子飼いになり同じ反応しかしないだろう環境では満足出来ないと思っていたラウルだが、毎回出した料理に口を出してくるレナートの存在があったからこそ、「宮廷料理人」に収まって満足していたのだと思えます。レナートを満足させる料理を作る、という思いがあったからでしょう。二人は、「天才」として互いを高めようとしていたのです。
しかし、突然平和は終わります。隣国の暴君の侵攻により、ラウルたちの国が陥落したのです。
自分が作った料理を毎回美味しそうに食べていた王に、ラウルはいつの間にか親しみを持っていたのでしょう。処刑される王に対しての敬意が感じられます。
王宮の厨房を自分の「自分の店」、王宮の人々を「自分の客」とラウルは言います。これこそが、「自分の居場所だった」とラウルが認めていると思われる言葉なのです。
暴君テオバルドに捕えられているラウルは、その暴君に「自分の為に料理を作れ」と脅迫されます。頑なに拒むラウルに、薄いミルク粥しか与えられず飢えによる衰弱死間際のレナートを使い、「お前が断るなら、もはやこの者に食事は与えぬ」と最後の脅迫をします。
至高の味、完全な美味を好むレナートにとって、少量の薄い粥の生活は地獄のような日々だったでしょう。そして、処刑されてまでなお「自分の主(処刑された王)」の為の味――ラウルの料理を守りたかった。仇になどに食べさせたくなかった。
これは、主である元国王への忠誠。そして、自分が認めた料理を作るラウルへの敬愛でしょう。
ラウルは、レナートとの思い出の『仔グリフォン』の料理を使います。今度は、間違いなく本当のグリフォンの肉です。
彼は暴君とレナート、そして自分の為の三皿作ります。それが料理を作るラウルの条件でした。そして、それこそが彼にとって自分に出来る最後の策でした。
『仔グリフォン肉のソテー、ベリーソース添え』
神の舌を持つレナードなら分かってくれる、ラウルの究極の一皿です。そう、「この世の美味のすべてを試してみたくはありますよ。たとえ毒でも、おいしければ」と語っていたレナートの為に。
並べられたレナートと自分の皿を変え、二人が食べるまでは暴君は手を付けない。毒を心配していたのでしょう。何故なら最後まで、二人は自分に従わなかったから信じられなかった筈。しかしレナートが「完璧だ」と涙を流しながら食べ、ラウルも「我ながら美味い」と食べてからようやく自分も食べ始めます。
料理に満足した暴君は、「レナートがいればラウルは言う事を聞く」と考えて「これからも儂とこの男に料理を作れ」と命令します。ラウルは「喜んで。この命の続くかぎり、お仕えいたしますよ」と返します。今まで反対していたレナートも、その言葉に反対しません。
ドクウツギの青臭さを、「並の舌では存在に気付かないほど」完璧に中和して消したラウル。それに気づくことが出来るのは、レナートだけと信じていたラウル。そのラウルの想いを、確かに理解して「喜んだ」レナート。
もう、この命は消えるのだからそれは叶う事ない。そう、ラウルとレナートは知っていたから。
主が代わるだけで、また同じように仕えれば命は助かる。しかし、「斬首された国王」以外に使える気がなかった二人が望んだ結果になりました。暴君に仕えず、そしてその暴君も道連れに死に行く事を。
二人が、「斬首された国王」をそれほど慕っていたと表現する個所は、特別ありません。しかし国王は「神の舌を持つ毒見役」と「天才料理人」に対して、それに相応しい接し方をしていたのでしょう。だから、二人とも国王を慕っていた。ラウルの場合、少し屈折した表現でしたが。しかし、それがラウルらしい。
また、互いの才能を認め合っていたレナートとラウル。その関係性も、ぐっとくるものが有ります。
「ラウルの料理」をろくに分からない上、その己が認めた「至高の味」を「主」の仇に食べさせたくなかったレナート。
「ラウルの料理」を満足に分からない上、「美味しく満足に食べてくれた最高の客(あるじ)」の仇に食べて欲しくない。そして何よりレナートが暴君に仕えたくなく、ラウルにもそうして欲しくないと願っていると知っていたラウル。
人によっては、アンハッピーエンドでしょう。しかし、私はハッピーエンドだと思います。ラウルとレナートが、仇の許で使える方がアンハッピーエンドに感じました。食べた後、どうなるかは書かれていません。読み手に委ねられています。
ただ、地獄に行ってもレナートの為に料理をしてやる。ラウルはそう言っています。
短編で、ここまで深いお話を書かれた事に正直感服いたしました。各エピソードタイトルもグルメ小説の様に食べ物で表現されています。そして何より、この作品のタイトルです。
「笑顔のベリーソース」
国王が食べたものと、暴君が食べたものでは「笑顔」の意味が変わってきます。
悲しい笑顔でしょうか?「美味しくて」笑顔になった国王。「生涯で最期にして最高の一皿を食べ、そして国王の仇を討った」ラウルとレナートの笑顔。どちらも、最高の笑顔です。
読みやすいのに奥が深い、素晴らしい作品を有難うございました!皆様には、是非実際に本作を読んで頂きたいです。この素晴らしい世界を、自分の目で感じてそうして二人の天才の絆を知って欲しいです。