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カクヨムファンタジー完結非公開

偕老同穴の祈り

三百余年の月日を生きてきた不老不死の少女と、彼女と共に暮らす大人の女性の物語。 あるいは、そのふたりがごはんを作る(食べる)お話。そしてその後の、お散歩のお話。 茜と紀栄子、それぞれの抱える苦悩のようなものが、徹底して〝直接書かれない〟ところが好きです。最低限の、それも曖昧な供述だけ。具体的にはわからないはずのそれが、でもなんとなく感じ取れてしまう。ふたりの結びつきとして見えてくる。 生きてきた年月も、日々の生活も、性格も、背丈も。重なるところのないふたりの、でも互いに互いを補い合うような関係性。それを端的な言葉にはっきり翻訳してしまうことなく、でもしっかり読み取らせてくれるところが好きです。 寂しく、どこか閉塞的な夜の闇。そんな光景を想起させるのに、でもふたりの間だけが少し暖かい。暗闇の中の小さな灯火のような、優しい雰囲気の物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/1/21
  • 投稿日:2021/10/5
カクヨムSF連載:4話完結

610 light-years Love

 約九十年の人生の締めくくり、間抜けな人生だと自嘲しながらも、でも満ち足りて往生するひとりの男性のお話。  しっとりと落ち着いた描写が胸に沁みる、切なくも優しい手触りの人間ドラマ、のようなSFです。ドSF。どうやってもネタバレになるというか、いやそもそもタグの時点で明かされてるも同然な部分なので〝そこ〟についてはもう気にせず触れてしまうのですが(困る人はいますぐ本編へ!)、シミュレーション仮説をモチーフにしたお話です。その辺りを端的かつ印象深く象徴しているのが、本作のキャッチである『あなたの愛する人は本当に実在するのでしょうか?』の一文。これ好きです。本編の内容を読み終えてからだと、より強く意味合いが強調されるような感覚(後述します)。  導入であるところの「九十年の人生」、それはすべて仮想現実だった、というところから始まる物語。宇宙船での星間航行中、どうしても持て余すことになる長い時間を潰すための、娯楽としての人生のシミュレーション。要は長い夢から覚めたようなもので、さっきまでの人生はすべて作り物でしかなかった、というのがこのお話の肝というか前提になるわけですけれど。  ここで面白いのがこの主人公、というか作中の人類全般のことなのですけれど、寿命が半永久的に続くんです。現生人類の人生一回分の時間くらいは、ほとんどあっという間の出来事。さすがに未来(千年後)の世界だけあって全然違うと、それ自体は特段なんてことはないのですけれど。  宇宙船のコンピュータによってシミュレートされた方の人生、それが千年前(作品外における現代)の世界であるということと、そして『シミュレーション仮説』というタグ。これらの意味するところというかなんというか、まあ要するにメタ的に見ることで作品の主軸とはまた別の妙味を上乗せしてくるという、この構造とそのさりげなさにニヤリとしました。あくまでも副次的に書かれている、そのお洒落というか上品な感じ。  さて、その上でその主軸、物語のメインとなるドラマなのですが。まんまとやられたというか綺麗に決まったというか、きっちり組まれた構造の綺麗さにうっとりします。単純にロマンティックないい話でもあるのですけれど、これ構造だけ見てちょっと見方を変えるなら、ある意味転生ものみたいなところもあるんですよね。いわゆる前世からの生まれ変わり、離れ離れになった運命の相手に再び巡り合うお話のような。王道であり古典でもあるその類型を、でもただSF的な設定の上に持ってきただけでなく、まったく違う手触りに変えてみせる。物語を自分の(作者自身の)ものにする、というのは、たぶんこういうことなのかなと思いました。  あと大好きなところ、というか絶対触れずにはいられないのは、やっぱり結びのあの一文。このサゲの爽快感がもう最高に好きです。伏線等も綺麗に回収しつつ、すべてがこの瞬間のために描かれた物語。とても綺麗で、しっかり壮大なSFでありながらも、その向こうから人の生を伝えてくれる素敵な作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/28
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー短編完結

月と酔っ払い

 親に押し付けられた借金で首が回らなくなった『ぼく』が、杏子と一緒にテキーラを飲んで、そのまま石抱えて湖に沈んでいくお話。  とまあ、ここまで書くと完全に入水自殺のお話で、事実そのつもりで読んでいたのですけれど。よく見たら現代ファンタジーで、どうも現実の世界とはちょっと勝手が違うみたいです。  例えば5メートル級のウナギがいたり、あと入水しても酔っている間は窒息しなかったり。冒頭を抜けたあたりでの突然の転調、急に物語のリアリティラインが変わったように見えて、でも実は全然そんなことはない(ただそう錯覚させられていただけ)という不意打ちが面白かったです。入水自殺にしか見えなかった目の前の景色が、まったく違うものに見えるようになる瞬間。  タイトルと章題に共通する『酔っ払い』という語の通り、作品全体に通底する酩酊感、ちょっと酔っ払ったみたいな幻想の風景がとても魅力的です。青く染まった水中の景色。いえ夜の湖なので暗い(黒い)のかもしれませんけど、でも月光が届いているようなのでやっぱり青のイメージ。酔生夢死、というとちょっと意味が違うのですけれど、でも酔っていて生きるか死ぬかの際にあって、それでいて夢のような景色が続いているなので、むしろ今日からこっちが酔生夢死でいいと思います。  この世界の物理法則は結構独特なようにも思えるのですが、でもそのわりにはスッと飲み込めたのがなんだか驚きました。わかりやすさというかわからせ上手というか。なんだか絵本のような雰囲気、という感想は、でもたぶん嘘っていうか登場人物のおかげだと思います。だってやってること自体は絵本みたいな牧歌的な世界と程遠い(借金に追われての命がけの冒険)。にもかかわらずそんなに悲惨な感じを抱かせない、杏子さんと『ぼく』のこのふわっとした感じがとても好きです。  ふんわりした幻想的なお話ではあるのですけれど、同時にしっかり物語しているのも嬉しいです。苦難があり、それに立ち向かい、でも敵わず危機に陥ったり……と、だいぶしっかりした冒険をしている。特に終盤手前、絶体絶命の状況を半ば受け入れそうになりさえするのですが、でも悲劇的であっても暗い話にはならないんです。このふんわりした優しい雰囲気と、実際に起こっている出来事のハードコアさ加減、このふたつがうまく両立されているというか、それぞれいいとこ取りしているのがすごいなと思いました。どうやってるんです?  その上で、一番好き、というかもう心底最高だと思ったのは、やっぱり終盤から結びにかけての展開です。ハッピーエンド。それも個人的にはもうこれ以上ない、まさにお「手本のような」という形容のぴったりくる感じのそれ。幸せな結末の前にはまず苦難があって、その振れ幅が大きければ大きいほどハッピーエンドの威力は増すのですけれど、でもさっきの〝いいとこどり〟のおかげで、余計な副作用(重かったり辛かったりするところ)が抑えられている。読み手の心が折れないようにしてあるのに、でも落差だけはきっちり効いている、というこのずるさ。  よかったです。本当にただただ「無条件にいい」と言いたくなる、心の洗われるような見事なハッピーエンドでした。大好き!

5.0
  • 作品更新日:2020/8/28
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛連載:4話完結

テルクシノエーは泡と消ゆ

 電脳空間で人魚姫になるのが趣味の少女が、ふとした出来事をきっかけに苦手な現実と向き合っていくお話。  人魚姫をモチーフにした恋物語です。舞台設定はほぼ現実の現代日本に近いのですが、VR技術が結構進化しているっぽい感じの世界。そういう意味ではちょっとSF的な要素もあるようなないような、この絶妙な舞台設定がなかなか興味深いです。  イヴェンチュアと呼ばれる巨大な電脳空間。おそらく技術的にはもう何年か先の未来、でもこういう電脳世界が日常の一部として存在している感覚そのものは、もはや未来とは呼べない程度には身近になっている、という現実。きっと一昔前であればファンタジーにおける〝あちら〟と〝こちら〟のような、現実と空想を分かつ境界として機能していたであろうものが、でも実質的に両方とも〝こちら〟であること。光景が幻想的である割にはそこまで異世界感がなく、せいぜい顔や名前を隠す程度の非現実性しか持っていない別世界。  実際、誰もが望んだ姿になれるはずの電脳空間は、でも主人公にとってはただの癒しのための場所、実際誰かと触れ合うどころか声ひとつ出せない、文字通りの水槽でしかありません。彼女の現実での生活は決して順風満帆とは言えず、例えば保健室登校だったり人と話すのが苦手だったりするのですが、でもそんな彼女は電脳空間だからこそ輝ける——みたいなことは全然なく(せいぜい見物人を集める程度で能動的な活躍はない)、つまりそういう意味でもこの電脳空間、なにひとつ〝あちら側〟の役割を果たしてはいません。このギャップというかフェイントというか、人魚姫の水槽が『ただの都合の良い世界』にならないところがとても好きです。  VRは異世界どころか実質ただのきっかけでしかなく、でも人魚姫というモチーフ自体にはしっかり意味があるというか、彼女自身の表象であるかのようにずっとお話の真ん中にいる、というこの使われ方。  もうひとつの世界を逃げ場にしない、せいぜい一休み程度の安全地帯。うまくいかない現実から目を背けるため非現実ではなく、あるいはそういう側面があるとしてもそれは彼女自身がしっかり自覚していて、つまり決して甘えにはならない。主人公はどこまでも現実を生きる人間で、だからその上で見せてくれる彼女の活躍、というか具体的な行動がとても好き。  あっちではなくこっちで見せてくれた頑張り。人魚姫の姿ならなんでもできる、というのではなく、彼女自身が積極的に動いていくこと。お話の筋そのものは非常にストレートな恋愛もので、出会いからいろんな揺れ動きを丁寧に追っていく物語なのですが、でもその過程で動いているのは常に現実の彼女。そしてやがて辿り着く結末の、その優しい暖かさが嬉しい作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/1
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー短編完結非公開

バグ退治

 バグという名の誤字脱字その他に悩まされる、とある物書きさんのお話。  いわゆる校正作業のキリのなさを、『バグ退治』として表現した現代風の寓話です。潰しても潰しても無限に湧いてくるミス、いくら続けてもまったく終わりが見えないばかりか、完璧だと思ってリリースした直後にとんでもない大ポカが見つかる、というような。  印刷原稿制作における校正作業の特性(というか、いわゆる「あるある」的なもの)。言われてもみれば確かに『バグ(虫)』、システム開発におけるデバッグ作業と似ている部分があって、それがユーモラスかつふんわり幻想的に描かれた独特の世界は、不思議でありながら妙に引きつけるものがありました。突飛と言えば突飛な設定のはずなのに、でも「わかる」という感覚一本でお話の世界に引きずり込んでしまう。  全体的にはバグやそれに悩まされる主人公の物語なのですけれど、でもお話の筋そのものはあくまで『バグ退治』をめぐる物語で、そしてこの『バグ退治』というのはバグをつぶす作業を指す言葉ではなく、作中に登場するとある商品の名称になります。  バグ対策のための便利な道具。パソコンに吹きかける、あるいはコネクタから吹き込むことにより、画面内の誤字脱字をポロポロ死滅させることができるという商品。ものがバグ(虫)だけに殺虫剤のようで、というか作中のバグ自体が実際に虫のような生態をしているらしくて(元気に動いたり鳴き声をあげたりもする)、とにかくその『バグ退治』を注文するところから始まる物語。  そして数日中に届くはずだったそれが、でもどうしてかまったく届かない——というところから物語は動き出します。  好きなのはまさにこの部分、『頼んだはずの商品が届かない』という現象で、実は「物語がここから動き出す」というより実質ここで始まっているというか、この現象が異世界への入り口であるように読めます。問い合わせた配送業者の職員が存外にファンシーだというのもあって、ここが現実でないとはっきり思い知らされる瞬間。とどのつまりは〝ウサギの穴〟みたいなものなのですけれど、でも面白いのがそれが序盤でなく、中盤くらいの位置にあること。ということはそこまでが現実なのかというと、どう見てもどう読んでもそんなことはなく、つまりすでに〝あっち〟にいるのにその入り口が道の途中で見つかるような感じ。  この煙に巻かれた感というか不思議な倒錯というか、一瞬迷子になったような気持ちにさせられるところが面白かったです。いや実際、ここで物語のファンタジーレベルが一段上がったような感覚があったんですけど、でもよくよく見直すとあれっもともとファンタジーだったよおかしいな? となる不思議。  その上でなお楽しい、というか完全にやられたのは、やっぱりこのお話の結末です。異世界からの出口は文字通りの扉、開けた瞬間の一瞬のめまいが境界になっていて、しかもあちら側から記憶や認識も持ってこられていない、というこの幕引き。待って急にあなた(主人公)だけ我に返るのずるくない? と、そんなことを言ってやる暇もなくスパッと閉じてしまう異界の扉。  この潔さというか速度感というか、突然のクイックターンで振り切る感じにやられました。異世界から現実への帰還、というのは確かにハッピーエンド、でもひとつ大事なもの忘れてますよというか、えっ待って私まだこっちにいるんですけど? 的な。ズズーン(目の前で扉が閉じる音)  楽しいお話でした。フェイント的というか、異世界への扉の一風変わった使い方。知らないうちに放り込まれていた上に、帰り道は一瞬しか開いていないというすごい難度。やられました。こっちで猫さんと幸せに暮らそうと思います。ていうか猫さん可愛い。好き。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/3
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:4話完結

花と夜

 『美しい髪を持つ一族』と呼ばれる妖精たちの社会で、ひとり変わった髪色に生まれてきた『夜』と、一族の中でも東別に美しい髪を持つ『花』の物語。  ファンタジーもファンタジー、きっとファンタジー以外ではまず書き表しきれないであろうお話です。いろいろと感じたことや注目すべき点はあるのですけれど、でもそのすべてが最終的に「あっすごい、きれい……」に収斂されてしまうようなところがあって、つまりある意味ではビジュアルに全リソースを注ぎ込んだお話であると、少なくとも主観的な読書体験としてはそう言えると思います。画がすごい。脳内に展開される映像のパワー。  とっても綺麗で幻想的で、うっとりするような耽美(でもあんまり暗かったり重かったりはしない明るい耽美)の世界。ただ、映画や漫画ならまだしも本作は小説作品なわけで、つまり物理的な見た目はあくまで『ただ文字が並んでいるだけ』のもの、それをしてこれだけ絢爛な世界を描き出してみせるのですから、まったく並大抵のことではありません。どうなってるんだろう? おそらくはひとつひとつ積み上げられた細かな設定の力、コツコツ積み上げられる世界の土台固めの威力ではないかと思います。  例えば『花招き月』であったり『鷲獅子(グリフォン)』であったり、これらの「私たちの暮らす現代には存在しない言葉/名称/言い回し」の醸す効果。ファンタジー世界を描く手法としてはそこまで珍しいものではないのかもしれませんが、でも珍しくないからといってそう簡単にできるものでもなく、なにより本作の場合はそれらがすべて効果的に機能している印象。  お話を通じて描き出したいもののイメージが明確で、すべてがしっかりそちらを向いているのでブレがない。ちゃんとお話に彩りを与えてくれるのに、くどかったり邪魔するようなところがない、というような。彼ら一族の世界のありようをしっかり描きながら、でも読者の想像が余計な方向に広がりすぎることはなく、きっちり彼らの関係に集中できるのが本当うまいっていうか「YES!」ってなりました。そうですこの物語はあくまで彼らふたりの関係性のお話。  というわけで内容、というかお話の筋なのですけれど、最高でした。急に感想が雑で申し訳ないんですけどこれは仕方ないっていうかだって花の彼(フロルさん)が最高すぎて……なにこの眩しすぎる金髪長髪イケメン。いや物語の主人公という意味ではきっとバドさんがメインで、現に彼の方が視点保持者なのですけれど。  バドさんの抱えた困難、生まれ持った珍しい外見的特徴による不当な扱い。単純に差別や迫害といった要素を読み取れなくもないのですけれど、でもそのさじ加減が絶妙というか、悲劇としての痛みはあれど踏み込みすぎないところがよかったです(読む側が意図的に読み込もうとしない限りはえぐみを感じない調整)。ある種のシンデレラストーリー的な側面、というか誤解を恐れず言うなら『みにくいアヒルの子』的な要素があって、でも結末自体はむしろ真逆というか、ひとまわり上のレベルで上書きしてくるハッピーエンドなのがもう最高でした。  だって夜は夜のままで美しく、花は花として艶やかで、いやこんなに幸せな結末ってあります? 細やかなディティールとしっかり主張してくるキャラクター、それらが最後の最後に大輪の花となって咲き誇る、まさにハッピーエンドとしか言いようのない作品でした。金髪最高!

5.0
  • 作品更新日:2020/9/4
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛短編完結

ひんぎゃ

 小さな島で生まれ育った恋仲の男女が、高校進学のために島を出て別れ別れになるお話。  ピュアで切ない王道の恋物語です。全編を通じてどこかノスタルジックというか、読んでいて胸がきゅうっとなるような、独特の雰囲気の盛り上げ方がすごい。丁寧に組み立てられた各種の設定、というか道具立ての巧みさだと思います。自分は小さな島に生まれ育った経験はないのですけれど(田舎ではあったもののここまでではなかった)、それでもしっかり伝わるし想像もできる、この丁寧な語り口が魅力的でした。  例えば、小中学合わせて生徒児童が13人しかいないこと。ここまでの田舎というのはきっと珍しくはあるのですけれど、でも割合として珍しいだけで、フィクション的な意味での〝特別〟ではないんですよね。ふたりだけの思い出という意味での特別ではあっても、現実として不思議だったり奇跡だったりすることはない。序盤のまだ幼い彼らの足跡、初々しい恋模様はきっと誰にでもありえた普通の恋の積み重ねで、だからこそ伝わるというか感じられるというか、なんか脳の奥の方から勝手に湧いてくるみたいなこの甘酸っぱさ! さっきも言った道具立て、クローズアップする詳細の取捨選択が実に巧みで、例えば序盤であれば「グラウンドの端っこ」「停泊場」「オリオン座の下」とか、力のある強い情景を自然に投げつけてくるのが最高でした。舞台を島にした意味がはっきりわかるというか、絵的なイメージと彼らの心情が、しっかり結びついて胸に刻み付けられる感じ。  非常に甘酸っぱく仲睦まじい、初々しい恋の様子が描かれているのですが、当然物語はそれだけでは終わりません。この先はお話の筋に触れるためネタバレを含みます。  中盤以降、相思相愛のふたりの前に立ちはだかる障害。高校進学のためには島を出る必要があり、どうしても離れ離れになってしまうのですが、でもお互いいつかもう一度会おうと交わした約束。もっとも、ここまでは最初からわかっていたことで、だから本番はその先です。  そこからの畳み掛けるような苦難というか悲劇というか、ふたりを引き裂くことになる大きな運命の、その抗いようのなさが強烈でした。まごうことなき悲劇であり、そしてそれを乗り越えるからこそ光る恋。無条件に良いです。恋愛小説に求めるものをしっかり提供してくれる、この堅実さがとても好みでした。  一番印象深い、というか単純に好きなのは、やっぱり舞台です。舞台設定のディティールが、物語そのものの強さを裏打ちしているところ。小さな島。そしてタイトルにもなっている『ひんぎゃ』。自分自身はそこに過ごした経験もないのに、でも郷愁を誘う風景としてしっかり胸に食い込んでくる、切なくも力強さのある作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/4
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー短編完結

とあるカフェにて

 カフェで恋人と待ち合わせ中の男性が、急に無言で相席してきた見知らぬ人の相手をする羽目になるお話。  シンプルかつコンパクトながらも、非常にまとまりの良いショートショートです。ただ実を言いますとこの作品、内容に触れてしまうとどうしてもネタバレになってしまうところがあって、つまりこの文章はその前提で書いています。一応、ネタバレ要素は可能な限り後ろの方に寄せていますが、でも本編の約3,000文字という分量の短さもあって、できれば余計な先入観のない状態で読んでもらいたいお話。  まず導入のわかりやすさと速さが魅力的です。見知らぬ人にいきなり相席される、という出だし。この『見知らぬ彼が一体何者であるか』がお話の主軸となるのですが、その謎の差し出し方が非常にスムーズです。単純にそこまでが早い(というか冒頭の一行目でもう始まってる)というのと、あと彼の正体を気にさせる手際というか、『少なくとも普通ではない』ことの匂わせ方がうまい。  例えば主人公の「どちら様」という質問を受けて、ようやく名乗るべき名前がないことに気づいたような様子を見せるなど。明らかに尋常の人間ではなくて、自然とその正体が気になってしまう——という、この流れの自然さがとても好きです。興味の引きつけ方というか、物語への乗っけ方の巧みさのような。  問題の彼(クロ)の、そのいかにも曲者という感じの人物造形も好きです。ニコニコしていて妙に親しげで、全然人の話を聞いていないくせに、でも愛想ばかりがいい男。正直〝主人公に感情移入している自分〟としては胡散臭いしいい迷惑なのですが、でも同時に〝読者という無関係な第三者としての自分〟の目からは、不思議な魅力を感じる存在です。なによりどちらの自分から見ても気になる存在には違いないのがすごい。気づけばすっかり乗せられていたという意味では主人公とまったく一緒で(今これ書いてて気づいた)、しかも最後まで読み終えてみると、この「彼が魅力的であること」がすごく生きてくるんですよね。  というわけで肝心のお話全体の感想、というか物語の核心に関してなんですけど、よかったです。ほっとした、胸に沁みた、というニュアンスの「よかった」。実は謎は彼の正体ばかりでなく、例えばこのお話自体がどっちに振れるか最後までわからない——つまりもしかしたら悲しい話や怖い話ってこともあるかもしれないと、そう思っていたところにこのラスト。  安心したというか、もう本当によかったです。とても嬉しいし後味もいい。なによりきっちり伏線を回収していて、ちゃんと「なるほどアレはそういうことだったのか」ってなるところが好きです。ただの不思議な話でもお話自体は成り立つのだけれど、しっかり説得力で下支えしてくれる。非常に丁寧に練られた、シンプルながらも切れ味のあるお話でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/4
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他短編完結

それいけ! ヒューマンマン

 自らを『終末企画』と名乗る悪の組織が暗躍する世界、それに対抗するための集団たる『同盟』がひとり、ヒューマンマンの戦いの物語。  めちゃめちゃ熱いヒーローもの小説です。いやどうでしょう、単純に「ヒーローもの」と言い切ってしまうのはちょっと語弊があるかも。確かにヒーローの活躍するお話ではありますし、またとても胸を熱くしてくれる物語でもあるのですが、厳密に「ヒーローもの」として括られるべきかどうかは難しいところで、むしろもっと普遍的な人間のドラマを描いているような部分があります。というか、そう感じます。好き。  ヒーローものというか日曜朝の戦隊ものというか、その雛形をそのまま生かしたような設定で、特に序盤の展開なんかを見るとわかりやすいのですけれど、「ヒーローもの」要素はパロディ的に用いられている部分があります。事実、序盤から中盤までの展開は完全にコメディで、いやそもそも「ヒューマンマン」というタイトルの時点で推して知るべしなのですけれど、とにかく笑いながら読みました。脱力ものの設定や展開、それをどこまでも生真面目にこなす主人公に、救出後の少女との軽妙な会話まで。コントみたいな掛け合いの空気感が面白く、普通に笑って読めるお話で、こういうコメディ的なお話は本当に大好き、なのですけれど。  やっぱりどうしても外せないというか、この作品を語る上で一番魅力的なのは、その上できっちり心を揺さぶる物語を展開させてくるところです。  個人的にこの「その上で」がポイントというか、つまり「思いっきり笑えるコメディをやってからのシームレスな王道展開」というのがもう非常に辛抱たまらんというか、これやられるとその場で白旗上げざるを得なくなります。いやこれ読む側としては普通に読んじゃうんですけど、でも見た目ほど簡単なことではないと思うんですよ。ある意味、お話の毛色が途中からガラリと変わっているようなもので、だからしっかり流れを整えてこっち(読者)の意識を誘導してやらないといけない。その点、本当にいつの間にかシリアスなところに放り込まれていた感覚だったので、その辺りが見事というか実に巧みでした。  そして、そのシリアス部分、このお話を通じて訴えかけられている主題。戦うものの悲哀であり、誰からも望まれずとも立ち向かう覚悟であり、またそれを貫くための哲学というか心情というか、とにかく主人公の生き様そのもの。いやもう、なんてものをぶつけてくれるんですか……。本当に好きで、ただ震えました。それを描き出す終盤の、その展開や描写そのものも。  序盤のコミカルさが嘘のような(普通に頭からすっかり吹き飛んでいました)、ただただ硬質で壮絶な格闘の場面。短文による淡々とした描写は序盤からの特徴なのですが、でもここにきてそれがなお生きてくるというか、ある種のストイックさのようなものを帯びて見えるような感じ。  鮮烈でした。当初の、というかタイトルをみた時点での予想を遥かに超える地点に連れていいってくれる、愉快ながらも力強い物語です。加えて個人的に一点、「ライトノベル」とタグづけされているところがとても好き。戦闘して、勝利して、そして手にするハッピーエンド。ヒーローの物語。この辺りがまさにライトノベルのイメージでした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/12
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム歴史・時代短編完結非公開

イシャーの娘

 アダムとかエバとか禁断の実とかのいろいろと、そこに関わる〝イシャーの娘〟のお話。  ものすごく有名な聖典の、パロディあるいはオマージュもしくはパスティーシュ的なお話です。こういうのはなんて呼ぶのでしょう? こういうのも二次創作という呼び方でいいんでしょうか。  お恥ずかしながら原典をほとんど知らず、またそんな人間が自分なりの解釈であれこれ言うのは相応しくない題材だと思うので、内容については触れません。  読みやすく綺麗な文章が魅力的でした。淡々と、どこか突き放したような文章の、でもそこから想起される情景の豊かさ。何が起こっているのか想像しやすいというか、文字を読む面でも脳内で再構築する段においても、なにひとつひっかかるところがない。絵面のインパクトや設定の強力さなどで惹きつけるのとは違う、この自然な乗せ方が心地良かったです。

5.0
  • 作品更新日:2020/6/30
  • 投稿日:2021/11/4