現在に交錯してくる過去と往時の選択にどうしようもなく縛られるBL。冒頭で示される東京タワーは葵との過去から現在に至るまで変わらずそびえ立ち印象的です。在りし日、葵がその赤い電波塔をつまみ上げたのも、ふざけ半分どこか象徴的だった気がして。なぜなら彼こそは最終的に“私”の過去も現在も握っている人なのですから。
固い古風な文体や中国古典からの引用は御趣味かなと最初思ったのですが、読み終わってから考えてみれば、一種リアリティラインを操作する役割を果たしているなと思いました。この文体で語られる世界ならば、葵のファムファタル性もすんなりと呑み込めます。
葵の息子(であろう少年)は“私”のあの日の選択の果てにいる存在であり、過去をもたらす存在でもあります。かつての“私”は葵の冶容と恋情にも素っ気なかったのに、葵のことを少なくとも友達としては“分かって”いたのに、最早今となっては彼の生き写したる息子は”私”の理解を超えている。その対比と、息子の、往時の葵にも増して妖しげな魅力が見事でした。彼の振る舞いは人ならざる者の雰囲気すら帯びているように思います。
葵の告白を受けたのは蝉噪のする盛夏。そして息子との二度目の邂逅は雪の増上寺。全体に情景描写が素晴らしく、過去と現在の対比と共通をかなり意識的に書いているなという印象を受けました。
変わったものを読んだ、趣味の入ったものを読んだとは思いながら、その一方で正統的であり、抑制されていると感じました。
登録:2021/10/5 17:26
更新:2021/10/5 17:25