急に仕事を辞めた親友を訪ねに地元の宿に泊まりにいくのだが……? という話。まず文章の巧さに呆気にとられました。巧い。これはもう言われ慣れていらっしゃるかもしれませんが。
とりわけ、へばりつくシャツの不快感など身体性を伴った緻密な描写が印象的でした。あとは茶菓子の袋のビニールが伸びて、結局口で破くところなど、分かる分かるという部分でもあり、細かさに驚く部分でもあり。こうした緻密な日常描写が本作の核であるのは確かなところかなと思います。
タグにあるように、本作は”微怪異もの”。何か起こったといえば起こったけれど、くらいの微妙なバランスの作品です。その微妙なバランスを支えるために前提となる日常が異様な細かさで書かれているのは作品が要請するところでしょう。
日常描写で全く退屈させないのもすごいところです。最初、電車での目覚めも鮮やかですし、何より全編を通して日常が続いている筈なのにどこか不穏で目を離すことができませんでした。実際の目的である親友に会うところまでがかなり長いですが、その長さすらも不穏です。地図アプリではなく地図を実際に取り出したり、スマホではなく”携帯端末”と書いていたりするなど、時代をぼかしているのは怪異ものとして意図的なところなのかなと思いながら読みました。
巧みさに魅入られ感嘆し通しの作品でした。
登録:2021/10/5 17:35
更新:2021/10/5 17:34