後宮小説なのにまるで戦記物を読んでいるような気がするのは僕だけでしょうか。あまり血が流れることも無いのだけれど。しかし、やはりこれは闘う人の話です。主人公の宦官白木蓮が様々な人々と交差しながら闘い生きていく物語です。
僕はこの作品の最初の方で、ああこれはすごく作者の戸谷さんに合った主人公であり物語だなと思いました。戸谷さんも多分闘う人だから。
この小説を読む人は戸谷さんの書く文章が優しく穏やかで温かいと感じるはずです。でも時折というか底にはゾッとするような色気と闇がある。優しく穏やかなばかりでないということを知っている筈なのに僕は毎回不意打ちを食らわされます。そして震え、噛み締めるんです。戸谷真子という作家の作品を読む幸福を。
ストーリーテリングも素晴らしいです。後宮小説に辟易している方にこそ読んで欲しい。ドロドロや陰湿さではなく、人の強さと弱さ、そして愛しさがそこにあります。
追記:
水分を内にはらんだ人間の肌のしとっとした感じ分かりますか。あれを登場人物達に感じるんです。だからちょっとしたことにすごい色気がある。初めの方で木蓮が寝台に放られた後に覆いかぶさられるじゃないですか。僕、あの時に恐ろしいほどの色気を感じて。まだ何もしてないんですよ。なのに、二人の肌や息遣いを感じてしまって、何か読んではいけないものを読んだ気になったんです(戸谷さんの作品はしばしば読んではいけないものを読んだという感覚にさせられます)。
本作ではあらすじからも木蓮が自分の性をどのように受け止めていくかが一つ大きなポイントになっていることが分かります。彼は途中から女性的であることを求められるんですが、その一方で時折自分の(半ば失われた)男性性を自覚します。そのたびに僕はぞくっとしてしまうんです。そこに匂い立つような色気があるから。
そしてダークといってもいいんでしょうか。闇があります。僕は自分では割とダークなものを書いていたつもりだったんですけど、本作に比べれば全然でした。全然お子様だった。ダークさが主眼の物語ではないはずなんですが、時折それが姿を現すたびに震えます。こんなものを書くのかと。
正直に言うと僕は戸谷さんの作家性を感じると、ほんの少しだけ胸が痛むんです。僕はすでに戸谷さんのエッセイ(『小さな世界の話』)を読んでいて、その作家性の由来を考えてしまいます。だから少し胸が痛い(同情ではなく)。でも一方でこれは業が深い話なんですが、僕は今の戸谷さん……というと僭越でしょうから、今の戸谷さんが書く作品がとても好きなんです。僕はもちろん戸谷さんにお会いしたことも無いし、ほとんど何も知らないに等しいのですが。
登録:2021/10/5 16:07
更新:2021/10/5 16:20