〈今頭がいくつも有り得た分岐を辿っている。もし――だったなら、という今となっては自分の心を痛めつける以外に何の意味もない思考を繰り返している。〉
久し振りに海外でも、と日本からスペインへ旅行するつもりだった〈私〉は、乗り継ぎのドーハ発バルセロナ行きの飛行機に乗っていた。もうじき墜落する飛行機。右隣の男は神に祈っている。神か。〈私〉には祈れるような神がいない。
世界は不明瞭です。曖昧です。私が勝手にそう思っているだけなので、みんなが実際のところ、どう思っているかなんて分かりません。他者の心も世界と同じく、不明瞭で、曖昧です。でも明確なものが存在するかのように、時に、世界は、物語は、明快な答えを求めようとします。それをひどく窮屈に感じてしまう時があります。きっと、だから、なのかさえも実のところ分かってはいないのですが、この「不在」という一篇に惹かれてしまうのかもしれません。でもそんな理由を付けることさえ、本当に意味があるのだろうか、とふと心に萌してしまうような感覚があります。
〈私〉がクルアーンの読誦を聴いて美しいと思ったから聖典を読んだように、ただ「不在」を形作る言葉が美しいと思ったから、結局それでいいのかもしれない。語られた言葉を味わい、語られなかった言葉に想いを馳せたいな、と思いました。いや、まとまりのないレビューだな、とは思うのですが、そもそもまとまりのない世界が悪いのだと言い訳させてください。
とても楽しく読ませていただきました。
登録:2021/11/14 01:30
更新:2021/11/14 01:29