ネタバレはしないつもりですが、ぜひまずは作品のほうを触れていただくと、より切れ味の鋭い短編の面白さが味わえるのではないか、と思います。
うるさいセミの声が聞こえる、ある八月の夏。
最寄りの無人駅に足を運んだ〈私〉は、待合室にひとり座る〈おじさん〉と出会う。外見は三十代から四十代前半くらいだろう若白髪の彼は、役場の住民課に働く、村一番の美人と村では知られたユカリさんの婚約者として訪れていて、村では話題の人物になっている。そんな彼にユカリさんの話を聞くと、彼は話を変えるように、かつて悪いことをしたひとを落としていた〈底なし沼〉の話をはじめる……、
というのが本作の導入で、昭和から平成へと移り変わる時代の、〈少女〉と〈おじさん〉のどこか郷愁もかいま見えるひと夏の邂逅はすこしずつ色を変えていきます。
結末に立ち上がってくる残酷なヴィジョンに思わずぞっとしてしまう、奇妙な怖さのある作品なのですが、ただ序盤で感じていた違和感の正体が徐々に明かされていくミステリ的な面白さもあり、このふたつのジャンルが好きなひとには、ぜひおすすめしたい内容になっています。そして淡々とした語り手の視点を通して語られる、村の閉鎖的な雰囲気も、作中に漂う不穏な感じを盛り立てていて、さらに恐怖が増していくのが嬉しい。
登録:2021/11/14 01:47
更新:2021/11/14 01:46