午前零時、アプリ「零時のイルカ」に見せられる夢の中では、夜のみ開かれるカフェが開かれていて、年齢も性別も違えど、昼間の世界に生きづらさ感じる人達が思い思いに過ごしている。たんぽぽさんこと高校生の〈私〉はいつものようにここを訪れて、そこには管理AIのイルカさんがいて、見知った顔がある。でも知り合った人たちがいつまでもここにいるとは限らない。「零時のイルカ」は、生きづらさを抱えた者たちの生と死の境界にありながら、死を選んだ人達が最後に羽を休める場所としての役割を持つからだ。そして彼らは、後へと続く者達に同じ道を歩まないで済むように願いを託していく。
ネタバレはせずに書きますが、私の文章を読むより、ぜひ作品のほうを読んでもらいたいものです。
例えば、あなたは〈正しさ〉に心が呼吸を止めそうになったことがありますか?
硝子細工のように繊細な感情を揺らしながら、語り手が自身を見つめていく本作は、息が苦しくなるようなその感覚を持つひとにとっては心を寄り添わせたくなり、その感覚を経験していないひとなら新たな視野が広がるだろう、落ち着いた語りの、懐の広い物語になっています。なぜ死に、なぜ生きるのか、多くのひとが考え、多くの物語の中で描かれながら、どれだけの時間を経ようとそのための言葉が紡がれ続けるのは、誰もが納得できる誰かの答えが存在しないからでしょう。誰かにとって大切な誰かの答え(本作において、それは語り手になります)としての〈生〉と〈死〉への想いが浮かび上がってくるからこそ、胸を打たれるのかもしれません。私はそんな風に思いました。
静かな余韻が残る逸品です。
登録:2021/11/14 01:49
更新:2021/11/14 01:48