〈箱を眺めていた男の方が、ふいに優也を見た。優也に少しの怪訝向ける顔には、憎たらしいくらいに見覚えがあった。秘密基地に全てをおいて蓋を閉めるきっかけになった男に、面影があった。
ああ、あいつ、死んだんだな。優也はそう思った。〉
静かな夏に、ひとつの死の景色が描かれ、すこしぼやけたような視界が過去を辿るうちにゆるやかに明瞭になっていく。一読して、あぁ好きだなぁ、となり、気付けば物語の余韻を記憶にとどめながら、もう一度、読みはじめ、あらためて語感の良さに浸ってみる。本作は、私にとってそんな作品でした。はっきりと結末を明かすことはしないつもりですが、つねに多くの物語は真っ新な気持ちを求めている、と私は信じているのでネタバレフィルタを付けました。私のこんな拙いレビューを読んでいる暇があるなら、作品を読んでください。つねに多くの評者はそれを求めています。
いいですか?
サークルに所属していない大学二年の優也は、長く暇な夏休みを使って実家に帰省していた。帰ってこなけりゃよかった、と後悔したのは、場も静まりかえるような境内で行われていた葬儀に出くわしてからで、雰囲気から死んだのは若い人間に思えた。誰も見ていないのをいいことに前庭を眺めていた優也が見つけたのが、黒羽だった。……導入はこんな感じですが、言葉ひとつひとつの語感の良さがとても魅力的な作品なので、紹介で内容を知るよりも、何度も言いますが、ぜひ作品のほうに進んで欲しいです。黒揚羽を追って辿り着いた葬儀の場に集まる男たちは葬式ジャケットの黒を身に纏い、そんな中で見つけた黒羽はくくった黒髪を揺らして、そんな彼女を見て、その唇の目立たぬ色のはずの口紅に、鮮やかな赤を意識の上で描く。文章という黒い文字列に、色彩豊かなイメージが浮かび上がる。こういう作品を読んだ後っていつも、あぁ小説を好きになって良かったなぁ、と嬉しい気持ちになります。
〈優也は投げ出していた手を祈る形に組んで、先ほど消えた陽炎を探すように、目を閉じた。〉
そして優也は幼い頃からの記憶を求めるかのように、かつて大豪邸だった、という彼らの想い出の秘密基地を訪れます。彼らの過去に、繊細な心の揺れに、感情を共有しながら知るその結末は、未来の彼らに想いを馳せたくなるようなものでした(ネタバレを避けるため、曖昧な表現になってしまうのですが)。周囲ではなく互いのみをよすがにして、たったふたりだけの夏の世界を築いていくようなこの結末こそが、まるで秘密基地にも思えてきて、すごく好きだなぁ。
登録:2021/11/14 02:09
更新:2021/11/14 02:08