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まだ見ぬ春を求めて。

5.0
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 良い小説に会うと、ほっとする。小説の灯はいつの時も尽きてはいない、と信じさせてくれるからだ。そういう小説には得てして感想はノイズになることがある。なのでこんな文章を読む暇があるなら、はやく作品のほうを読んでください。ネタバレフィルターは念のため付けましたが、ネタバレをする気はありません。ただ、そんなの関係なく、まず作品のほうを。


〈私は思うのだ。三度の春しか無いからこそ、この町の人々は春というものを心から待ち望むのだろうと。足りないからこそ、満たされないからこそ、その物のありがたみが分かるのだ。手に入れようと必死になれるのだ。私と同じだ。才能が無いからこそ、死に物狂いで絵を描いて居られる、今の私と。〉


 樹齢千年を過ぎる巨樹が大量の花を付け、滝の如く降り注ぐ滝桜で有名な福島県田村郡三春町。桜好きなら一度は目にしておくべき、と言われて赴いたその町で、画家の芹沢真人は、ファンだと名乗る十七、八くらいの年頃の少女と出会う。彼女の名は、幸子といった。無名の新人画家に対してファンだと言う彼女の言葉に疑心に駆られながらも、その人懐っこい彼女に滝桜の場所を教えられる。実際に目にした滝桜はすさまじく、彼は美し過ぎるものへの畏れと感動を抱く。その場所で彼は、フリーのジャーナリストをしている滝沢から、毎年のように三春町で起こる失踪事件について聞かされる……、


 というのが導入になるのでしょうが、言葉のひとつひとつに気を払った表現がすごく魅力で、静謐で柔らか、というよりはやや凛とした佇まいの言葉が、幻想的なイメージに確かな実感を与えてくれます。内容紹介だけで読んだ気にならないでください、と強く言いたくなる作品です。主人公の絵に対する想いや、誰かや何かに向ける一途な感情とその揺れ、読後も余韻に浸っていたくなります。幻想的な恋愛譚ですが、ホラーやサスペンスの要素も含んだ内容になっているので、ジャンルをこえて幅広くお薦めしたい作品でした。

サトウ・レン

登録:2021/11/14 02:10

更新:2021/11/14 02:10

こちらはサトウ・レンさんが読んだ当時の個人の感想です。詳細な事実については対象作品をご確認ください。

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EGGMAN

終わりに見る光景は

〈おれはとてもしあわせだった。〉  終わりに見る光景がどんなものがいいかって、たぶん、終わりも知らない人間が気軽に語っていいのだろうか、とは思うのですが、でももしも終わりを前に、しあわせ、を感じるとしたら、彼が終わりに見たような色彩なのではないか、と感じました。  日本で発症を確認されたのがおそらく二例目とされる奇病中の奇病、俗に〈エッグマン病〉を発症した〈俺〉は、体が縮みハンプティ・ダンプティのようになっていく病魔に蝕まれながら、入院先で孤独に過ごした。そして退院の日、身寄りのない状況に困っている〈俺〉を迎えにきてくれたのが、幼馴染のモモこと桃園陽一だった。モモは縮んでしまったりはせず、そしてふたりは旅に出ることになった。……というのが、導入です。ですが、奇病の妙なリアリティ、旅の中で見る景色、感情を交わしていくふたりの姿の魅力は、縷々とあらすじを綴ってみたところで伝わるものではないでしょう。ぜひとも私のレビューなんかよりも、本文を読んで欲しいところです。 〈モモがペダルを漕ぎ出すと、世界の感覚が一気に変わった。最初はかなり揺れて気分が悪かったが、しばらくするとおれは残された手足を使って、クッションを敷いたキャリーの中で居心地のいい姿勢をとれるようになった。〉  何故、会社をひと月休んでまでモモが、〈俺〉と一緒にいることを選んだのか、そこに関する一応モモの口から語られる部分はありますが、必要以上に、詳らかに明かされることはありません。でも分かりやすい言葉を当てはめるよりもそのほうがずっと、心を寄り添わせやすい。  進行の続く病のいまを写し取るような変わっていく文体に、彼らのいまを感じ取りながら、幕を閉じて、切なくも静かな余韻に包まれる感覚がありました。

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サトウ・レン