至る所がゾンビで溢れる終末の世界、運悪くそのうちの一体となってしまった男性が、大切な妻の姿を求めて彷徨うお話。
ゾンビのお話です。ジャンルは現代ファンタジーとなっていますが(もちろん間違いではない)、書かれていることそのものはあくまで人間のドラマだと思います。
なんというか、効きました。読了した瞬間ズドンと一気に来るものがあって、でも具体的には一体なにがどう来たのか、うまく説明できる自信がないのが困ります。
この物語、意外な展開とか突飛なキャラクターとか、何か特別強烈な出来事があるわけではありません(たぶん)。いやゾンビだらけという状況は強烈といえばそうなのですけど、でも物語上のフックというか落差というか、そういう意味では本当になだらかな物語なんです。
お話の筋それ自体はこのレビュー冒頭、最初一行の要約の通り。しかもそれらはすべて読み始めてすぐに明かされる情報、その範囲を一歩も出ない形で収束して、にもかかわらず突然頭の上に落ちてくるこの巨大な質量の塊。ものすごいものを喰らわされました。真っ直ぐで平坦な道を、でも一歩一歩しっかり歩き通して、そのうちにいつの間にか積み上げられていた物語の、そのあまりの凶悪さ。いやむしろどうして結びの一文まで気づけなかったと、だってこれなら最初から見えてたはずなのに、と、しばらく口を開けたまま放心したくらいです。
本当に、ものすごく丁寧に書かれた小説だと思います。一文の長さとその読点による切り分け方、というか読点と句点の使い分けにより生まれるリズム、なによりその読みやすさがとても好きです。どことなく文学作品のそれを感じさせる文体。感覚や感情に肉薄せず、見た光景や事実の方にばかり寄せられるカメラ。でも食欲に関するところだけは別、という、この迂遠というか見えないところで情動の種が勝手に貯金されていく感覚!
たまりません。とても完成度の高い作品でした。やっぱり読後、最後の句点を読み終えた瞬間が最高に好きです。
登録:2021/11/4 17:51
更新:2021/11/4 17:51