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終わりがないのが終わり、それが校正作業

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 バグという名の誤字脱字その他に悩まされる、とある物書きさんのお話。

 いわゆる校正作業のキリのなさを、『バグ退治』として表現した現代風の寓話です。潰しても潰しても無限に湧いてくるミス、いくら続けてもまったく終わりが見えないばかりか、完璧だと思ってリリースした直後にとんでもない大ポカが見つかる、というような。

 印刷原稿制作における校正作業の特性(というか、いわゆる「あるある」的なもの)。言われてもみれば確かに『バグ(虫)』、システム開発におけるデバッグ作業と似ている部分があって、それがユーモラスかつふんわり幻想的に描かれた独特の世界は、不思議でありながら妙に引きつけるものがありました。突飛と言えば突飛な設定のはずなのに、でも「わかる」という感覚一本でお話の世界に引きずり込んでしまう。

 全体的にはバグやそれに悩まされる主人公の物語なのですけれど、でもお話の筋そのものはあくまで『バグ退治』をめぐる物語で、そしてこの『バグ退治』というのはバグをつぶす作業を指す言葉ではなく、作中に登場するとある商品の名称になります。

 バグ対策のための便利な道具。パソコンに吹きかける、あるいはコネクタから吹き込むことにより、画面内の誤字脱字をポロポロ死滅させることができるという商品。ものがバグ(虫)だけに殺虫剤のようで、というか作中のバグ自体が実際に虫のような生態をしているらしくて(元気に動いたり鳴き声をあげたりもする)、とにかくその『バグ退治』を注文するところから始まる物語。

 そして数日中に届くはずだったそれが、でもどうしてかまったく届かない——というところから物語は動き出します。

 好きなのはまさにこの部分、『頼んだはずの商品が届かない』という現象で、実は「物語がここから動き出す」というより実質ここで始まっているというか、この現象が異世界への入り口であるように読めます。問い合わせた配送業者の職員が存外にファンシーだというのもあって、ここが現実でないとはっきり思い知らされる瞬間。とどのつまりは〝ウサギの穴〟みたいなものなのですけれど、でも面白いのがそれが序盤でなく、中盤くらいの位置にあること。ということはそこまでが現実なのかというと、どう見てもどう読んでもそんなことはなく、つまりすでに〝あっち〟にいるのにその入り口が道の途中で見つかるような感じ。

 この煙に巻かれた感というか不思議な倒錯というか、一瞬迷子になったような気持ちにさせられるところが面白かったです。いや実際、ここで物語のファンタジーレベルが一段上がったような感覚があったんですけど、でもよくよく見直すとあれっもともとファンタジーだったよおかしいな? となる不思議。

 その上でなお楽しい、というか完全にやられたのは、やっぱりこのお話の結末です。異世界からの出口は文字通りの扉、開けた瞬間の一瞬のめまいが境界になっていて、しかもあちら側から記憶や認識も持ってこられていない、というこの幕引き。待って急にあなた(主人公)だけ我に返るのずるくない? と、そんなことを言ってやる暇もなくスパッと閉じてしまう異界の扉。

 この潔さというか速度感というか、突然のクイックターンで振り切る感じにやられました。異世界から現実への帰還、というのは確かにハッピーエンド、でもひとつ大事なもの忘れてますよというか、えっ待って私まだこっちにいるんですけど? 的な。ズズーン(目の前で扉が閉じる音)

 楽しいお話でした。フェイント的というか、異世界への扉の一風変わった使い方。知らないうちに放り込まれていた上に、帰り道は一瞬しか開いていないというすごい難度。やられました。こっちで猫さんと幸せに暮らそうと思います。ていうか猫さん可愛い。好き。

和田島イサキ

登録:2021/12/13 19:57

更新:2021/12/13 19:57

こちらは和田島イサキさんが読んだ当時の個人の感想です。詳細な事実については対象作品をご確認ください。

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和田島イサキ