田舎の村に住むようになって百年超、不意に体調を崩したエルフのインリドが、老齢の女性医師ヨハンナの診察を受けるところから始まる物語。
百合です。エルフの存在する異世界を舞台にした、日々の生活と回想のお話。できることならただ「よかった」と、そのひとことで済ませてしまいたいくらい。綺麗で、静かで、でも深く胸を打つ作品です。
驚いたのは、というか何よりも好きなのは、このお話が本当に「百合」としか表現できないところ。
インリドとヨハンナ、このふたりの女性の関係性を、もっとも適切に形容しうる言葉は何か。少なくとも「恋」ほど甘くも切なくもなく、「友情」というには深く穏やかすぎて、「絆」なんて語では何も言っていないに等しい。あるいは「愛」なら間違いではないのかもしれないけれど、でも熱く燃えるような性愛のそれとは正反対で、なのに博愛では決してない。
翻訳のできない何か。故に「百合」という、ある種曖昧な共通認識のもとにのみ成り立つ、そして定義の辺縁を綺麗に断ち切ってしまわない運用をされる語の、その範疇だけに含まれる——というのを前提として。
その芯に限りなく近い部分を、ぴったり撃ち抜いてくるかのような作品。
というのもこのお話、いやこう書くと語のインパクトが強すぎて作品のイメージを棄損しそうで言いにくいのですけれど、「老齢同士の百合」なんです。
片一方(主人公の方)はエルフなので絵面的には若々しいのですけれど、でも老いの度合いで言えば(実年齢でなく、人間に置き換えても)むしろこちらが上。もう一方は現役のお医者さんで、でも六十歳前後の人間なので見た目は結構おばあちゃん。こう書くとどう考えてもキワモノっぽく見えてしまって困るのですけれど、でも実際は全然飛び道具でも捻った話でもなく、しっかりお年寄りしてるのに王道かつ高濃度の百合そのもので、もうこればっかりは「読んでみて! 本当だから!」以外に言葉がありません。どう説明しろっていうの!
以下はネタバレを含みます。というか、これだけだと実質ただジャンルを説明したにすぎないため、もう少し内容に踏み込んだ話をさせてください。
〈 以下ネタバレ注意! 〉
本作はいわゆる異類婚姻譚、というか種族の差による寿命の差を題材にしており、つまりは「死別」を描いたお話です。
ただ、先立つ方が一般的なそれとは逆で、つまりアプローチが逆転しているところもあるのですが(そしてそうでなければ描けないものが詰まっているのが魅力なのですが)、いずれにせよ言えることとして、このお話の行き着く先には『死』があるわけです。
避けようのない終点、老いによる「終わり」の物語。見送ってきた側がそちらに立つことで見えてくるもの、あるいは長命なはずの存在でさえ逃れられないという現実、等々、意味や意義はもう山ほど詰まっているのですが。
しかしそれ以上に胸に突き刺さるのは、それを〝自ずから読み解かせてしまう〟力。
死という終わりがあって、そこに対する恐怖がある。あることがはっきりわかるのだけれど、でも書かれてはいない。最期の瞬間を描かないのはもとより、恐れという感情すらたった一行、終盤手前に独白として置いてあるだけ。
書かれていないものが読める、というか、書いてないからこそわからされてしまうこと。その先やその奥を自発的に考えさせられてしまうような、なにか物語性の力学のようなものを巧みに使った、きっと小説だからこそ可能な情緒の揺さぶり方!
最高でした。きっと文字媒体でなければ描き表し得ないお話。
心の底から「ストーリーを摂取してる」と実感できる、本当に素敵な物語でした。面白かったです。
登録:2021/12/13 20:52
更新:2021/12/13 20:51