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カクヨム恋愛短編完結

ハッピーエンドを求めて

 文芸部の女子生徒ふたりが、ハッピーエンドをテーマにした短編小説について、いろいろ例を挙げたり論じあったりする放課後のひとコマのお話。  百合です。物語の一番根幹の部分に、大河のように流れる雄大な百合。基本的には少女ふたりのゆるい対話劇で、掛け合いの軽妙さやそこに含まれる関係性の妙、あるいは見えない距離感のようなものを楽しむタイプのお話として堪能しました。  お話の筋そのものは至ってシンプル、ふたりだけの登場人物に固定された状況(場所)、時制も遡ることなくまっすぐ進むという、短編の見本のような堅牢な書き方。とはいえ決してシンプルなばかりではないというか、むしろ総体としてはかなりの変化球のように思えるのは、やはりこの作品に仕込まれたメタ構造の仕業だと思います(メタフィクション、という言葉だと少し意味が違う感じ)。  作中の登場人物である少女たち、ミヤコとトモコの置かれた状況。「ハッピーエンドをテーマにした短編小説を書く」、より正確には「コンテスト参加のために内容を考える」という行動(目的)自体が、この作品そのものに対して入れ子のような構造になっていること。おそらく見た目以上に乗りこなすのが難しいこの構造を、でも危なげなくシュッとまとめていること自体がもうすごい。  思いっきりネタバレになりますが、このメタ要素はあくまで話の枕として、そしてある種の迷彩として使われているだけで、決してそれに頼りすぎないところが好きです。この線引きというかさじ加減というか、やりすぎないように気を配る上品さのような。  迷彩の裏からしっかりストーリーを盛り込んできて、その上で一切メタのないところで(つまり完全に彼女たち自身の物語として)ハッピーエンドしてみせること。搦手のようでいて最後にはきっちり合っている帳尻、その説得力というか爽快感というか、とにかくラストの心地よさが最高でした。いや本当、うまく言えないんですけどものすごく綺麗なんですよ。彼女たちと同じ次元で見ていたら何もないはずのところに、でも読者の視点だからこそはっきり読み取ることのできる見事なフェイント。  あとはもう、百合です。どこまでも甘酸っぱく瑞々しい思春期年代の恋。ちょっと面白いのがキャラクター造形の味付けというか、同じ学校の生徒同士なのに主従の関係でもあるところ。詳細には書かれていないものの、でも必要な情報だけはしっかり提供されていて、それだけにその関係性をついつい想像させられてしまう、そんなキャラの強さが楽しいお話でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/23
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛短編完結

ブレインダムド

 遠い昔の思い出、彼(主人)と出会ったロックフェスでの出来事を振り返る田中さんの回想。  何を書けというんです? いやもう、とてもよかった、好き、という言葉以外なんにも浮かんでこない……。  打ちのめされました。とても静かで落ち着いた文体の中に、はっきりくっきり描き出されるこう、何か。やべーやつ。物語性の核にあたる部分というか、『溶けること』という要素に仮託されているなんらかの事柄。名前のない何かというか、容易に言い換えの効かない〝それ〟そのものだからこそこの物語の形以外は取りようがなかったという、その時点でもう面白いに決まってるし感想の書きようまでなくなるのでずるいです。  まずもって文章そのものがとてもうまくてただただ気持ち良いので、正直内容をどう読んだか言語化できる気がしません。一度物語に乗ってしまうともう逃げられない。終盤なんかもう目が勝手に先へ先へと引っ張られるような感覚で読んでました。なんでしょうこれ。本当に説明できる気がしない……。  これはとても個人的な感想になる(=人によって異論めっちゃありそう)と思うのですけれど、音の表現というか使われ方がすごかったです。フェスだし実際バリバリ上演されてる場面もあるのに、いうほど音楽が〝聴こえてこない〟。ワッときたりビリビリするような空気の振動と、群衆の発する湿った熱気、それに当てられた倦怠感に喉の渇き、さらにはスポーツドリンクを飲み下した瞬間の潤いと、感覚に訴えてくる描写がこんなにもてんこ盛りであるのに(しかもそのどれもがゾクゾクするほど生々しいのに)、でも音楽(聴覚)だけが少し違う。少なくとも「聴く」という感覚ではなくて、でも音の中に「いる」という感触はしっかりある。  フェスやライブイベントでの大音響ってこんな感じ、というのもあるのかしれませんけど、でもそれ以上にというかそれ以前にというか、彼との会話の方にピントが合って、曲は自分の周囲にぼやけて漂うだけであること。これがもうすごいというか嘘でしょ何これ怖いというか、なんか脳味噌をハックされたみたいな感覚になりました。思えばこの主人公、最初から音楽に関してはほとんどぼやけたままで、なにしろ目当てがあるわけでもないままでのフェス参加、さらにはTシャツに書かれたバンド名を読み上げてすら〝平仮名で発音〟だったりして、この焦点の合い方とぼやけ方そのものが終盤の山場、彼女自身の望みというか今現在のありようそのものにがっちり繋がっていく、という、なんかもうここまでやられると悔しくなってきます。おのれ天才め。お前(の筆力)が欲しい。  実はこの山場(特に「彼が溶かした。」の次、「私、」から始まる段落)、最初から実質丸裸というか、その通りに描かれてはいるんですよね。かなり序盤に出てくる『私は群集に溶け込んでしまいたかった』という動機、まったくその通りの行動と結末。なのにここで気持ちが「わあっ」と盛り上がるのがすごいというか、好きです。もう本当好き。いろいろ好きなところがいっぱいあります。序盤の溶け込みたかったのにうまくいかなかったところや、そのチルアウトの空気感(この辺すんごい共感しました)。『遠い過去を振り返る』という形式のおかげで静かな語り口と、その落ち着いた表皮の下でぐわんと立ち上がってくる大きな波。そして回想であることそれ自体というか、最終盤で一気に畳み掛ける「それから」の強さと、その上で辿り着く帰着点のこの、もう、何? 満足感? 本当もうなんにも言葉が見つからないんですけど、とにかくものすごい作品でした。面白かったです。大好き!

5.0
  • 作品更新日:2020/8/23
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:4話完結

そして、世界に平和が訪れた

 魔王を見事打ち倒した勇者一行の、その凱旋、ではなくそれ以前の単純な帰路のお話。  ファンタジー、というか、ある種の寓話のような物語です。もう読む前からエンジン全開で殴りかかってくるというか、タイトルに対して各話章題の不穏さがすでにやばい。加えて冒頭の段落、シンプルに全体を俯瞰するようなこの一行目を見た時点で、この先なにを見せられるのかうっすらわかってしまう、というこの手際。もちろん具体的にどうなるのか、詳細な展開まではわからないのですけど、でもお話がどっちの方向に向かうのかくらいは見当がついてしまって、しかしだからこそ真正面から食らうしかないこの〝わかっていたのに躱せない〟一撃。しっかり丁寧に組み立てられたお話で、まんまとボコボコにされてしまいました。  設定というか、いわゆる『魔王と勇者』的なファンタジー観の、その使われかた(もしくはそれを採用していること自体)が好きです。この物語の筋だからこそ光る設定。この勇者と魔王、舞台設定の説明を大幅に省略できるため、ドラマの部分にのみ集中できる——という利点ももちろんあるのですけれど。でもそれ以上にこのお話ならではというか、普遍化された設定であるが故に生じるある種の寓話性みたいなものが、この物語の核そのものに対して落差として働いて、そのおかげで浮き彫りにされる無常感、あるいは残酷性のようなものが、胸にグサグサと突き刺さるかのようでした。  勇者による魔王討伐の物語。ハッピーエンド、無辜の民草からみた『めでたしめでたし』の物語は、でも当事者たる彼らにとっては必ずしも栄光に満ちたものではない、というお話の筋。きっとこの世界に永劫語り継がれるであろう伝承の、その裏側に存在する誰にも語られることのない悲哀。果たして彼ら自身はどう思ったのか、もしかしたら心残りなく覚悟の上なのかも知れないけれど、でも悲しいものはやっぱりどうしたって悲しい、つまりは観測者の立場で見るからこその残酷さ。  ハッピーエンドを主題に書かれたお話ではあっても、でも彼らのこの行く末を決して「幸せ」とは呼びたくない——と、そう読んでいたところに最後の最後、堂々書かれた結びの一文がもう本当に好きです。  もちろん、この終幕で何かが帳消しになるわけではありません。勇者一行の足跡それ自体は何ひとつ変わらず、彼らの苦悩や悲哀はまだ人知れずそこにあるのに、でもどうしてこの一文だけで何かが救われてしまうのか? すごいです。この一文、未来を描いたことで示される確かな救済。起きた現実そのものは打ち消せなくとも、でも犠牲を払えばこそ成し得た彼らの偉業の、そのおかげで人々はもう苦しまずに済むという現実。それから長い時を経てなお、そこに捧げられ続ける感謝と祈り。幸せな方へと繋がり広がっていく世界を、この締めかたひとつで書き表してみせることの、このどうにも言いようのない気持ちよさ!  素敵でした。直接に、また具体的には書かれずとも、でもそこに『ハッピーエンド』が確かにあるのだと感じさせてくれる、悲壮ながらも優しい物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/23
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他短編完結

美容室

 初めてのお客さんの相手をする美容師さんのお話。  現代ドラマです。時間にすればせいぜい小一時間程度、美容室の店内を舞台にした、客と美容師との小さな対話劇。人によって解釈に差が出そうというか、その解釈を言語化するのが難しくて、つまりどう言えばいいのか皆目見当もつきません。何度書いても語弊しかない感想になって、正直このままではどうにもならないのでもう諦めてそのまま書くのですけれど、これは日常と非日常の物語だと思いました。あるいは、侵食されるテリトリーのお話。  どうにも誤解を招きそうというか、例えば物語の類型として「日常の中の非日常」なんて語があるのですが、でもそれとは少し違います。この類型がさすところの〝非日常〟はSFやファンタジー要素、つまり非現実という意味合いを含んでいることが多いと思うのですが、この作品の場合はあくまで〝ただ日常ではない〟という意味です。現実に起こりうる非日常。具体的には『殺人』というのがそれにあたります。  初対面のちょっとやりにくいお客さんの、その突然ぶっちゃけてきた衝撃の告白。「自分は殺人者である」という自供。そこに対する主人公の反応というか、困惑や恐怖には大変共感できて、そしてこの主人公に共感させる構造こそがこの物語の本体というか、なにより大好きなところです。  物語としてドラマ性を含んでいるのは、この『お客さん』の殺人という経験。しかしそれを彼自身の独白によって綴るのではなく、ただたまたま聞かされる羽目になった赤の他人のモノローグとして語る形式。  その赤の他人であるところの主人公の、おそらくはいつも過ごしているであろう平和な日常。そこに突然叩きつけられた非日常、殺人という遠い世界の出来事はしかし、その客にとってはそのまま日常——とまでは言わないものの、でも日常生活の末に辿り着いたであろう現実であって、そしてその彼と主人公が同じ空間に同じ時間、同じ人間として相対していること。つまりこれは自分の保持していた日常が、他者の持ち込んだ非日常によって侵犯されるお話です。  いつもの店を『物理的なテリトリー』とするなら、この『日常』というもの、現実の出来事に引いた「起こる/起こらない」の線引きはすなわち、精神的な領土のようなもの。朝イチで来店した不審な客は、そのまま主人公の認識の平穏を破壊する侵略者であって、畢竟そこに生ずることになる恐怖や困惑が、でも果たしてどのような結末を迎えたか?  もうネタバレというか、ここまで描いた以上普通に核心を書いてしまいますが、結局何事もなく脅威は去ります。彼自身に別に侵略の意図はなく、なにより客である以上は用が済めば退店するのは普通のこと。日常は守られ、結局「何がなんだかわからなくて」という感想を抱いた主人公の、でも気づけば目からこぼれ落ちていた涙。自分では言語化できないながらも、でも彼女の中に確かに生じた涙の原因たる〝何か〟。それが何であるかはきっとひとことでは言えないというか、それゆえ「わからない」となるのでしょうけれど。でもその中身をつい考えてしまう、とても芯の太い物語でした。人によって受け取るものが違いそうな、つまりは思いのほか多くのものが語られているお話。考えさせてくれる物語はいい物語だと思います。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/24
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛短編完結

好きって言ったら、付き合ってくれますか?

 幼なじみ同士の高校生の男女が、放課後の校舎裏で告白したりされたりするお話。  ド直球の青春恋愛劇です。甘酸っぱいというかもどかしいというか、もう見ていて何もかも焼き尽くされる感じ。とにかく思い切りがよくて、内容は完全に恋愛特化、それも告白のワンシーンのみ、というこの潔さ。書かれているのは思春期年代の不器用な恋そのもので、というか本当にそれ以外の要素がほぼ皆無で、つまり読んでる間ずっと甘酸っぱさに悶えのたうつことになります。なにこのノンストップ胸きゅんブルドーザー。力こそパワー。  お話の筋はもうほとんどここまでに書いた通りで、本当にただ告白する(される)だけの物語なのですが。とりあえず前提として大きいのが、事実上の両片思い状態である、という点。  主人公は男の子で、幼なじみの少女から校舎裏に呼び出され、そして一体なんの用かはもう大体見当がついている、という導入。もっとも主人公の視点による一人称体、つまり彼自身の主観から書かれたものであるため、正直「いやこれただの勘違いなのでは?」という疑いもなくはない(というかものすごくある)のですけれど、いずれにせよその青春の迸りっぷりに違いはありません。はちきれそうな想いのハラハラ感と、その受け答えのムズムズするような不器用さ。恋愛劇というのはある種の不安感あってこそ光るものですが、でも両片思い(暫定)でこんなに不安になれるのだから凄まじいです。  このふたりの幼さというか、思春期年代特有の青臭さがとても絶妙でした。なんだか生々しいような、このいかにもこなれていない感じ。特に好きなのが彼の交際に対する認識というか、本文から引用するなら「だって、俺に彼女ができるのだから。」の一文です。  大好きなあの子と付き合う、という行為(状態?)を、でも「俺に彼女ができる」という見方で認識してしまえるこの、なんでしょう、突っ走りっぷり? まあ残念といえばそうなんですけど、でも思春期なりたてってこういうとこあるよね実際というような、この漏れ出る子供らしさの露骨っぷりがもう、もう! こんなのずるい……うわーってなってジタバタしてしまう……。  いやもう、すごいです。たどたどしいというかなんというか、見ているこっちの顔の方が赤くしてしまうくらいの青春っぷり。頬の熱が灼熱の太陽となって全てを焼き尽くすかのような、手心のない甘酢っぽモジモジ恋愛劇でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/25
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム歴史・時代連載:3話完結

一枚の銀皿

 カルタゴの捕虜となったローマの執政官、マルクス・アティリウス・レグルスさんが、和平交渉のため特例的にローマへと戻るお話。  歴史ものです。時代ものとは異なりあくまで歴史の一部を描いたものであるため、事実や出来事に関してはかっちり堅実な手触りではあるのですが、でも同時にウェット(というよりは情緒的)な切り取り方をしているところがとても魅力的なお話。  キャッチである『これは、義に殉じた男の物語。』という文言の通り、〝義に殉じた男〟であるところのレグルス個人の物語であり、つまり登場人物のミクロな視点に寄せて描かれたお話です。例えば、文章そのものが一人称体である(=マゴーネさんを通して見た出来事だけが書かれる)こと。単一のエピソードを題材とした掌編だからこそのアプローチだとは思うのですが、それにしたっておそらく相当な芸当、少なくとも見た目ほど簡単ではないと思います。  歴史上の出来事を書くとなると、現在の常識や感覚ではそもそも想像が追いつかない部分も多く、加えてどうしても大局観みたいなものに沿って書かざるを得ない部分まで発生してくる。したがって〝神の視座〟のような自由度の高い(読み手も後世の人間であるため本当に無茶が効く)書き方が必要というか、これがないと相当しんどいことになりそうな気がするのですが、でも普通にしっかり書き上げられている。彼ら個人のドラマが展開されていて、するりとその心情に乗っかっていける。とても綺麗で、なんだかため息の出るような思いです。  そしてこの書き方だからこそ映えるというか、生々しく響いてくるのがお話の内容そのもの、つまり彼らの生き様の美しさです。これは心が震えるような英雄の物語、あるいは英雄〝たち〟というべきか、とにかく好きなのはマゴーネさんの物語でもあるところ。主人公と呼ばれるべきはあくまでレグルスさんで、視点保持者たるマゴーネさんは実はあんまりいいところがないのですけれど、でも彼は敵であるレグルスさんのことを憎らしく思う反面、その気高さをしっかり認めてもいる。この敵同士でありながらも通じ合う感覚が実に格好良いというか、その魅力がひしひし伝わってくるのは、やはり人物に寄せて書かれているが故のことだと感じます。  人間のドラマを描きながら、それがそのまま歴史につながっていることを伝えてくれる、まさに文字通りの『歴史の息遣い』を感じさせてくれる物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/25
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー短編完結

生命の輝き

 とある研究施設における、曰く名状し難い謎の知的生命体に関する実験記録。  ジャンルは現代ファンタジーですが、SFやホラーのような手触りもあったりする作品です。なんならハートウォーミングな学園ラブコメっぽい要素も——いや、「ある」というのはさすがに言い過ぎですけど、「なくはない」なら嘘にはならないと思います(※個人の感想です)。  こう書くとなんだかよくわからん感じに見えるかもしれませんが、でも恐ろしくまとまりが良く完成度の高い、掌編のお手本みたいな作品でした。展開や設定に無駄弾が一発もなく、すべてが綺麗に繋がってひとつの物語を構成している感じ。  こういったところで作品外の要素について触れるのはあまり趣味ではないのですけれど、しかしこの作品に関してはどうしても避けては通れないというか、だってわずか数時間で書き上げられているんですよ? 元ネタ、というよりは実質「きっかけ」とか「お題」くらいのものだと思うのですけれど(本作の著作性はさほど元ネタには依っていないように思えます)、タグにもある〝万博のそれ〟が公表されたのが確か午後三時か四時くらいのこと。この作品の公開がだいたい夜の十時前で、つまり長くても六、七時間しか執筆時間がない。もっとも、ただ書くだけなら筆の早い人には不可能ではないかもしれませんが、しかしそんな〝だけ〟とはどう見ても程遠い出来栄えというか、なんなんでしょうこのすんごい完成度。設定を練るだけで結構かかりそうなものを、でもあんな一瞬でどうやって……まさか魔法……?  いや本当にただの時事ネタ、速さが勝負の一発ネタ的なものならよかったというか、正直そういうものだと勝手に思い込んで読み始めたのですけど。でも読み始めてすぐ「ごめんなさい完全に侮ってました」と土下座したというか、普通に面白いのが本当に腑に落ちません。この速さでこの内容。そこはトレードオフじゃないとおかしいっていうか、なんか世の理とかに反してしまうのでは……魔法……?  設定の見事さやそれを活かした構成、なにより演出のうまさはもう言うまでもないのでこのさい割愛するとして。触れたいのはやっぱりお話の筋そのもの、というか登場人物の抱えたドラマがとても好きです。特に主人公の人物造形、バイオ系研究者の事情の妙な生々しさに加えて、彼がなんらかの大きな病を患っていること。生命の輝きを主題とする作品の、その主人公が生命工学系の研究者であり、なにより生命についてとても逼迫した立場に置かれているという事実。  単純に「生命の輝き」という言葉だけではどうしても綺麗事めいたお題目みたいに響いてしまうのが、しかし生死の際にある人にとってはまた別の響きを伴って聞こえるのかもしれない、と、そんな当たり前の事実にいまさら気づかされたような気分です。ショックというかなんというか、それは自分が普段どれだけ生命というものに対して適当に向き合ってきたかということの証左で、でもそれってある意味とても幸せな身分なんだろうなあと、反省することしきりでした。普段、死を忘れて生きていけるのはある種の特権ですね。  あとはもう、こう、全部です。本当に好きなところがいっぱいというか、無駄弾がないから好きなところしかない。物語的に主人公の行き着いた先とか、書き出しと締めの憎い演出とか、あとなんだかとっても可愛いヒロインとか。いや可愛いというかなんというか、とてもキラキラしていてそばにいるだけで眩しくて、だからこそ納得のハッピーエンドでした。面白かったです。ヒカリちゃん大好き!

5.0
  • 作品更新日:2020/8/25
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムSF連載:5話完結

Invincible MetaMind

悪魔を思わせる美貌を持った謎の男と、その相棒である主人公がふたりで事件解決に挑むお話。 SFです。いわゆるハードSFではなく(たぶん)、ある種のファンタジックなフィクションを核としながらも、きっちりSFの快感を提供してくれる作品。 細かく組み上げられた各種設定の魅力はもとより、それをきっちり理解させてこちらに咀嚼させてくれる、その『説明を面白みに変えてしまう筆致』の魔力がとんでもないことになってました。ずるい……こんなのカッコよくないわけがない……。 登場人物が好きです。特に主人公コンビの関係性というか、互いの位置関係のようなものが最高でした。 魅力と才能の塊のような慧に、彼と比べたら特別な存在ではなくとも、でもその欠落を埋めるような形で寄り添う相棒のカナエ。使命を私欲のために利用する、ある種の共犯関係のような仲。綺麗というかお洒落というか、この独特の繋がりからほのかに漂う、何か色香のようなものがたまらない作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/1/4
  • 投稿日:2021/10/5
カクヨム歴史・時代短編完結

空白

禁断の知識の実を食べてしまい、楽園を追われたアダムとイブの物語。 無学なもので原典はほとんど知らないないのですが、知る限り話の筋そのものはほぼそのままだと思います。つまりある種の超訳というか、有名な逸話を小説として再解釈・再構成した作品として読みました。 宗教的なものを題材としながらも、書かれている主題そのものにはそういう色がなく、むしろ普遍的な人の有り様を描いているところが好きです。というか、まさにその〝書かれているもの〟が好き。主題というか。 アダムの抱える疑問あるいは不安のような思いと、それによって浮き立つイブという人間の人物像。そして、結局最後まで答えが得られないところ。と、こうして別の言葉に要約しようとしてしまうと、どうにもニュアンスが違ってしまってもどかしいのですけれど。 タイトルと章題が好きです。最後の締め方が綺麗で、染みるような余韻のあるお話でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/1/11
  • 投稿日:2021/11/2
カクヨムホラー短編完結

輝けたいのちの話

 昔の友達から届いたあからさまに怪しいお誘いに、のこのこ出かけて行った結果あからさまに怪しい建物に着いてしまった人のお話。  ホラーです。紹介文によれば「輝けたのでハッピーエンドです」とのことで、もうこの言い方の時点で明らかにハッピーではないのですが、でもハッピーエンドの物語。何がハッピーでどれがそうでないかは個々人の立場によって変わるという意味でもありますし、また単純に「ホラーにおけるハッピーエンドってこうだよね」みたいな捉え方もできる作品でした。なるほど。  お話の筋としては最初の一行に書いた通りで、最終的には命が輝けます。この「輝く」の用法が面白いというか、それがタイトルと紹介文にしか出てこないところが本当に好きです。完全に物語の外、いうならメタ的な傍観者としての立ち位置からの用語。こうなるともうどう解釈したところで隠語的な意味としてしか解釈できないというか、実際こういうポジティブな語での言い換えはよくあるというか、漠としているけどでも〝絶対あかんやつ〟というのがわかるこの感じ。最後「あちゃー輝いちゃったかー」となるのがおかしいというか、この作中で起こった出来事をして「人間が輝く」という言い方をしているのが面白——いや面白いって言い方はどうなのかしらだいぶおっかないことになってますけどー、という感じでした。ブラックっていうかシニックな笑い。恐怖と両立するユーモア性のような。  よくよく考えると理不尽極まりないっていうか、主人公の当初の懸念とあんまり外れてないのがよかったです。「怪しい宗教やサロンの勧誘」。大差ない、というか実質それのすごいバージョンというか。別に望んでないのに無理矢理〝輝き〟に引き込む感じ、というか呼びつけた時点でそれが前提になっているのがもうだいぶ酷くて好きです。  はなから相手の合意とか考えてない感じ。だって輝けるのは幸せことだから、というか実際彼がだいぶ幸せそうなのが面白い。本当に、一般的に使われる比喩としての意味でも「輝けた」彼。ダブルミーニング、というのとはまたちょっと違うのですけれど、でもホラーとしての筋にもう一押し、「輝けた」という語の使い方そのものに旨味をのっけてきた、渋い技巧のようなものを感じる作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/25
  • 投稿日:2021/12/13