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カクヨム恋愛短編完結

鈴蘭記念日

 おそらくは何かの記念日らしい、特別な食卓を囲む専業主婦とその夫のお話。  グルメ小説です。いやそれは言い過ぎというか軸はあくまで恋愛か人間関係のドラマ部分にあると思うのですけれど、でも食卓の描写のディティールが凄まじいことになっています。じっくりたっぷり分量を割いて、細部まで丁寧に描き出された食事の様子。その内容そのものの細やかさもあるのですが、より好きなのはそれが主人公の視点を通じて描かれていること、そしてそれゆえに読み取ることができる、微かな心の機微のようなものです。  専業主婦である主人公が、夫とふたりで囲む食卓のために、丹精込めて手ずから用意した食事。献立を考え料理する立場であるからこそ描かれる、それぞれに込められた想いやこだわりに、なによりそれを食べる夫の反応。例えば少食であることや、例え洋風のおかずでも白米を好むところなど。主人公自身はバゲットが好みなのだけれど、でもそこだけは夫の趣味を優先する——というような、これらの細かい描写によって、少しずつ肉付けされていく登場人物のリアリティ。  直接に語られているのはあくまで食卓のメニューそのもの、でもそれを通じて(あるいはそこに絡めて)人物造形や関係性をこちらに飲み込ませてくるところ。その自然さや水準の高さ、というのもたぶんあるのですけれど、でも自分にはそこまで論じられるほどの知見がないというか、単純にこの手法そのものがもうすごいです。『食』って人の個性の出やすいところではあると思うのですが、でもこうして実際にそれを文章で表現するというのは、おそらく見た目ほど簡単なものではないはずです。たぶんできる人にしかできない技術。ごはん要素って出てこない話は本当に出てこないので。  以下、ネタバレというか物語の核心部分に触れます。  その圧倒的な食事描写の末に描き出されるもの、つまりお話の軸となるドラマ部分なのですが、なるほど「ハッピーエンドはお好きですか?」という紹介文の通り……ではないです。やられました。すっかりはめられたというか、これは本当にやりきれない。  確かに主人公の中ではハッピーエンドではあるんですよ。でも読者という客観的な視点からでは悲劇にしか見えない、という。いやこの「はたから見たら悲劇」みたいな構図自体はそこまで珍しくもないと思うのですが、本作において明らかに光っていると感じたのは、その〝主観によるハッピーエンド〟の納得のさせ方です。  悲劇ってこう、あくまで他人事だから悲しめるという側面があって、つまり心のどこかで「自分ならこうはしない」という〝逃げ場〟を用意しながら読むという、いや個人的な読み方かもしれないですけどでも自分の場合はそういうところがあります。もちろんその逃げ道は実質ただの結果論というか、読者という立場で出来事の全体像を把握しているが故の後出しジャンケンでしかないのですが。でも「結果論にせよこうしていれば大丈夫だった」という、その無理矢理作った心の余裕すら、このお話は全部潰してくるんです。  例えば「ええいこんなやつに最後まで付き合う必要はない、私ならこいつだけスカッと抹殺する」と思ったところで、でも主人公自身がまだ彼のことを愛しく思っていますよと、それを理解させられてしまってはもう「じゃあそれは無しか……」と引っ込めるしかなくなってしまう。この調子でこちらの都合の良い妄想をあらかた潰して、最終的に残る唯一の選択肢がまさにこの作品の終着点であると、もう無理矢理認めさせられてしまう感じ。気持ちはまだ全然納得してないのに、でも「確かにこれはハッピーエンドでした」と、そう認めるしかないような状態。この感覚、まるで物語に力ずくでねじ伏せられるような、その「ぬわーっ!」ってなる読後感の不思議な心地よさ!  最高でした。なんというか、オセロとかでこう、「そこに置いたら次角取られて死ぬ羽目になるけどそこしか置けるところがない」状態に追い込まれたような感じ。なんだろう、どうも説明が余計にわかりにくくなってる気がしますけど、とにかく逃げ道を封じられる感覚が楽しい作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/26
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛短編完結

みひつのこい

 どうやら他に本命の彼女がいる男性と、その彼と浮気な肉体関係を持っているっぽい女性の、なんか惑いや迷いや足踏みのお話。  まあ、その、もう、こう、アレです。叫びました。だってこれ、この、ああもうこの! いや本当これ読んでもらえれば絶対わかってもらえるというか、むしろ読み終えたらみんな間違いなくこうなってるはずっていうか、完膚なきまでに情緒をめちゃくちゃにされました。なんてことするの……。  さすがに内容に触れずにこのお話について書くのは難しいので、以下は思いっきりネタバレ、というかお話の核心部分に言及しています。  やっぱり一番凶悪だったのは最後の最後なのですけれど、でもそれもそこまでの積み重ねがあってこそのこと。というか、滑り出しからしてもう結構なパワープレイです。ラブホテルという要素のインパクトもあるのですが、「確か〜〜だったと思う」と露骨にこちらの興味を引きつけ、その上での「でも、結局私は〜〜」。この時点ですでに全体の軸となる〝未必の故意〟が出てきており、さらには「それがはじまり」と結ばれる導入部。  ここまでの情報量だけですでに凄まじいことになっているというか、前提や設定の全体象みたいなものが、ほとんどあやまたず理解できてしまう。それどころかこれが「はじまり」ということは、つまり「次」や「次の次」があると予告されているも同然なわけで、そしてまさにその「次」の話に乗っける形で、どんどん解像度を増してゆく状況の面白さ。  一切の隙がなくまた非の打ちどころもなく、ただとにかく「なんかヤバイのが来た」と震えるしかありませんでした。なにこの反則みたいな釣り込み方。読み手に「なんのこと?」とか「お、どうなるの?」と思わせるような、気にさせるポイントっていうか餌のぶら下げ方がうまく、しかもその「気になる」を追ってるだけで説明が完了してるんですよ。なにこれ。なんかヤバイの来た。みんなにげて!  というわけで、ここからはこの物語の幕切れについて個人的な悲鳴をあげまくりたいのですけれど、いやもう嘘でしょこんなのってあります? さっき上の方で「完膚なきまで」という語を使いましたが、でもこの主人公の至った結末、これほど完膚なきまでに「完膚なきまで」してるお話は生まれて初めて見ました。  いやまあ、ある意味じゃそりゃ自業自得っていうか、この主人公だってまったく褒められたものではないのですけれど。むしろ客観的には結構最悪な女で、どうしようもない奈落に自分からハマってなお言い訳してるような絶妙な無能感はあるものの、でも全部許します。許しました。これを許さないはずがない、だって共感というか感情移入というか、この人は完全に私自身なので。  未必の故意。賢しくも故意だと自覚した風でいるくせに、まだ心のどこかでそれが犯罪成立要件にはならないと思ってるかのようなこの甘ったれ具合。ほらね私です。そしてこういうのは私のことだと思えば、即座に徳政令を発してなかったことにできるもので、特にこの場合は男の方もひどいから責任転嫁が簡単というのもあって、遅くとも中盤くらいにはほぼ「いいぞやっちまえ」というスタンスで読んでいました。  なにをやっちまうかはほぼ読んだまま、せめて一矢報いる、というかほとんど八つ当たりのような。自爆テロ。まずろくなことにはならないとはわかっているけど、でももう何だっていいからとにかくひどいことになれ的な。いやその結果どうなるかなんて考えてないというか、絶対一番痛い目見て泣くのは私なんですけど、そんなのそうなるまで見なければいいだけの話なので。なってから泣こう。大声で、誰かがなんとか後片付けしてくれるまで。ひたすら。  ——という、そのつもりがまさかのこの結末。  まさかこんな、だって、いや嘘でしょここまで完膚なきまでに負けるか普通? という。  いやええわかりますよ、確かにこうなるしかないんです、実際それくらい差があるのは最初からわかって——いやわかってはいなかったですけど、むしろこの物語の流れなら行けると甘く見積もってましたけれど、でもわからされました。  いや後から読み返せばそうなんですよ、向こうふたりはもそもそも住む層が違う。でも、だからってここまで、こう……ひとかけらの手心さえないというか、最後一行とかもう悪魔かと思いました。あまりにもあんまりなその一文を、ただそれだけなら無理矢理耳を塞いで「はい見えなーい私なんも見ませんでしたー」と突っぱねることもできたものを、でもうっわあこれきっちり伏線(とは違うかも? でも予告済)張ってあるじゃないですかァァァ! とまあ、いや本当それ気づいた瞬間もうダメだと思いました。死んだ。こんなの情緒がもつわけない。未必的っていうか確定的殺意では?  やられました。メタメタに、もう感想も解説も言えなくなるほどに。実際悲鳴しかあげてないのはご覧の通りで、大変申し訳ない文章ではあるのですが、でも『ひとりの人間をこうしてしまった作品』ということの証拠として書きました。最高でした。とても面白かったです。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/27
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛連載:5話完結

らぶゆー!らぶみー?

 幼なじみの男子に密かな恋心を抱く高校生の少女の、その切なくも甘酸っぱい片思いの日々のお話。  恋愛ものです。恋愛小説以外の何者でもない、威風堂々たる王道の青春恋物語。完全に槍一本で勝負しに来ているというか、読者に何を見せたいのかがはっきりしていて一切ぶれることがない、この物語自体の持つ真っ直ぐなパワーがもうそれだけで気持ちいいです。  兎にも角にもわかりやすい。難解だったり複雑だったりするところがほとんどなく、また雑味のようなものすら一切排して、真っ直ぐお話の主軸のみを集中的に描く。設定そのものも想像しやすく、なにしろ必要最小限の構成を、しっかり時系列通りに書いていく構成。  幼なじみ同士の男女ふたりに、小中高と続く関係、恋の始まるきっかけからその後の日常、と、必要な部分を想像しやすい形で、かつ自然に提供してくれます。物語の内容を受け止めるのに必要以上のエネルギーを使わずに済むため、メインである恋物語の部分に集中できるのが素敵でした。設計というかスタンスというか、竹を割ったようなエンタメらしい姿勢。  また加えて特徴的なのが文章で、まさにその内容にぴったり沿うかのような味付けです。具体的にはかなり口語に近い一人称体、それも主人公の心の中をそのまま文字にしたかのような文体。実にウェットというか剥き出しの情動を感じるというか、そんなスタイルでそのまま色恋の甘酸っぱさをダイレクトに叩きつけてくるわけですから、これで身悶えないはずもなく。若さというか幼さ、青臭さのようなものまで一切減衰されることなく描き出されていて、このむず痒いと同時に思い出の裏側がひりつくみたいな、強くささくれだった恋の痛みのような感覚。  まさに恋愛ものならでは、という印象です。シンプルであることの強みを活かした書き方。友情等がテーマであっても不可能ではないのでしょうけれど、でもこれが一番ハマるのはやっぱり色恋のお話という気がします。  恋は恋であるというだけで物語となって、あるいは少なくとも需要のようなものがあって、つまり具体的に言うなら『魅力的な異性との魅力的な色恋の経緯』というのは、読みたいという人の絶えることのないところだと思います。それだけを提供する、というのはきっと言うほど簡単なことではなくて、だから最後まできっちり幸せな恋の姿を描いた、この物語のてらいのなさが本当に好き。  ハッピーエンドが好きです。幸せな結末であることと、その幕引きの爽やかさも。まさに青春といった雰囲気の溢れる、甘酸っぱくも瑞々しい恋物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/27
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他短編完結

後ろの正面だあれ

 人のいない放課後の教室、少し風変わりな高校生ふたりの、雑談のような討論のような日常のひとコマ。  独特の手触りを感じる作品です。描かれている光景そのものは日常的なのに、どこか浮世離れした雰囲気の対話劇。ジャンルは現代ドラマ、キャッチには『普通とは何かを考える物語』とあって、確かにその通り、と思うと同時に、ふと「自分ならどんなジャンル/キャッチがありえただろう?」と考えさせられました。心の中の書庫の、どのジャンルの本棚に置くか? POPなり読書メモなりつけるとしたら、そこにどんな説明を書くだろう? この辺の答えがなかなか出ない、ピタリと言い表す語を見つけるのが難しい、そういう意味での〝独特の手触り〟。  実際、結構不思議な(あるいは尖った)構造をしているように思います。個性的なふたりの人物が出てきて、双方の心理を仔細に描きながら、でもごくごく短い会話だけでお話が成立している。下手を打てばただのキャラ見せだけに終わってしまいかねないハイリスクな博打を、でも危なげなくしれっと物語させちゃうこの手腕? ていうか奇跡? まあとにかく、すごいです。かなり稀有な技術なのでは。  もちろんただの構造、構成に限った話ではなく、というか読んでるときはそんなのほとんど気にしないわけで、だからこの作品の個性はむしろその内容にこそあります。特にふたりの関係性、容易に名前を付けられない独特の距離感のような——例えば「友人関係」とか「昔なじみ同士」とかでも間違いではないのだけれど、でもそれだと大事なところが全然言い表せていないと思わせる——つまりは〝このふたり〟以外に言いようのない関係が大変に魅力的でした。ふたりだけの教室。終業から一時間、人知れず発生する特別な空間。ある種の聖域のようなその空間を、作中に組み上げた時点でもう勝ちみたいな感覚です。  友情だけど友情じゃない、ましてや恋愛では——いやはたから見てるだけの野次馬的な立場からなら「お似合いじゃーん」くらい言えちゃいますけど、まあ違いそう。少なくとも当人たちにとっては。実際スキスキ感あふれる恋愛感情的なものは見えなくて、でも最初に出てきた「私たち付き合ってるんだって」という誤解は、正直さもありなんという気がしなくもない、というこの感じ。  だって少なくとも今現在、この物語の時点ではきっと、お互いに替えの効かない唯一の関係。最後まで読み終えてみればある種の執着や依存の芽くらいは読み取れなくもなくて、でもそれは決してベタベタひっつくような至近距離ではない。危うくも安定した、いや安定しているのに十分危なっかしい独特の関係。この距離感そのものをひとつひとつ、ヒントをもらうみたいな形で文章の端々から受け取っていく、その読書感覚がもうなんでしょう、無性に楽しいというか気持ちいいというか。例えば「友情」とかあるいは「愛」であるとか、それらの概念に該当する関係であったとしても、その一語では到底表しきれない細部を得ていくことの快楽。という、あってますよねこの読み方で?(急に不安になった)  そして、それによって描き出されているもの。彼らの距離感や〝その関係を作らせるもの〟がとても好きです。相手に望むものというか、作中では「愛」なんて言われたりもしている部分。そのまま読むと凛くんの方が上手というか余裕があるというか、状況のイニシアチブを握っているような感じですけれど。願わくば、というかただの個人的な願望として、案外そうでもなかったら嬉しいな、と思います。例えば飛鳥さんが思い通りに飛んだり閉じこもったりしてる分にはいいけど、もし自分の想定してない選択肢を取ったりなんかしたら、露骨に不機嫌になるとかキレるとかして欲しい。絶対似合う。というかそれ以外に解釈のしようのないラスト。好きすぎる……。  いやもう、なんか好き勝手言ってしまっていろいろ申し訳ない感じですが、でもそういう妄想を誘発させるだけのエネルギーを持った、静かながら高火力な作品でした。最後の一文が最高に好き!

5.0
  • 作品更新日:2020/8/27
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛連載:6話完結

それでも僕はこれを恋と呼ぶ

 とあるカップルの食卓と、あと映画館デート、それと思い出話などの対話劇。  仲良しカップルがいちゃいちゃ過ごす様を眺める感じのお話で、ジャンルはラブコメとなっています。分量は約3,000文字強と非常にコンパクトで、登場人物は『楠くん』と『雫』の二名のみ、彼らふたりの対話を中心にその過去や関係性を掘り下げていく、といった筋の作品です。  非常にシンプルな構成で、わかりやすいというか話の筋そのものはとても追いやすいのですけれど、そのぶん主軸の部分で攻めてくるというか、いろんな読み方の可能性を提示してくるようなところがあります。  例えば、一番わかりやすいのが作品の紹介文、本文外の部分に書かれた「ノンセクシャル」という語とその説明。最初に目に入るところに書いてあったため、なんとなくそれを前提として読み始めたものの、でもこれは本当にノンセクのお話だったのか? その辺を確定できるだけの記述は本文中にはどこにもなくて、だからもしかするとミスリードなのかも——というのはさすがに穿ち過ぎというか、書いてある以上はそれに準ずる姿勢で読みはしたのですけれど。それでも(というか、それはそれとして)彼女や彼の自認や解釈、またその感覚についてどんどん想像させられてしまう、いわば想像の余地のようなものこそがこのお話の肝だと思いました。物語としての核というか、きっと一番おいしいところ。  もともとグラデーション(段階的)であると言われるセクシュアリティに関して、彼女自身の言葉で語られているわけでもなければ、恋人たる彼の見解が示されているわけでもない。なにしろ「ノンセク」という語を初めとして、セクシュアリティを直接的に言い表す単語は、作中に一切登場しないんです。ぼんやり想像しみただけでも、いろんな解釈が思い浮かぶ。  この「直接言い切ってしまわない」ところが好きです。もともと個々人で全然違うものを、でも便宜上わかりやすく大雑把に区分けする程度の言葉だとしても、やっぱりはっきりした名前で表されるとその印象が先に立ってしまう——逆説、はっきりそう呼ばないことで固定観念やイメージを先行させることなく、個人のパーソナリティとして書き上げること。前述の「想像の余地」でもあるのですけれど、それ以上にはっきり「彼女の(そして彼の)物語」に仕上げているところがとても魅力的でした。  その上で、というかなんというか、やっぱり好きなのはいろんな解釈が考えられるところです。彼女は自分をどう捉えているのか? そして彼にはどう見えているのか? ノンセクやAセクもそうですけれど、そうでなく性に対する抵抗感(いわゆる性嫌悪)であったり、また世に言うロマンティック・ラブ・イデオロギー的なものに対して辟易しているだけなのかもしれない。この辺どれでもあり得るというか、考え続けるうちに少しずつ「あれっ、このどれでもない可能性も……?」となってしまう、この不安な感じがたまらなく好きです。  誤読の恐怖、というか、自分が意地悪な人間になったような気分。ヒントになりそうな情報がどれもこれも危うく(地の文はすべて楠くんの主観でしかないというのもある)、特に最後一行なんかはもうものすごい爆弾投下で、それでも解釈に確信が持てないのはたぶん、自分がへたれなだけなのだと思います。なかなかに考えさせられることの多い、攻めの姿勢を感じるラブコメでした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/28
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー短編完結

イッヌ-幸せの運び手-

 授業中、校庭に犬が乱入してきて騒然となる教室のお話。  キャッチコピーに偽りなし、まさに神話という趣の作品でした。感想を言語化するのが非常に難しいお話で、何を言おうとしても「すごかった」になってしまうのが困ります。あらすじをうまく紹介できないというか、好きなところに触れるために作品の中身について語ろうとすると、まったくどうしていいか分からなくなるような感覚。お話の筋そのものがかなり前衛的というか、そのまま受け止めると相当に混沌としていて、要約ではただの意味不明な文章になってしまうんですよね。面白いのはわかるんですけど、でも「どこが」「どう」を説明するのがもう恐ろしく難しい。  とりあえずわかることとして、文章がとても最高でした。偉そうになっちゃうのであんまり言わないんですけど、それでも「上手い」と言いたくなってしまう文章。勢いというかドライブ感というか、なんだか読んでいるだけで気持ち良くなるような書きっぷりの良さがあって、それが内容のかっ飛び具合とも合わさり(というかこの内容だからこその文章だと思う)、とにかく読んでいて楽しいという実感がありました。  特に、というか個人的なツボとしては、中盤の山場であるシームレスに神話化していくところが大好きです。世界の外枠を規定するべきタガのようなもの、この場合はおそらく視点保持者の自我が、でも急にしゅわしゅわ溶けちゃう感じ。その上でまったく衰えない主張の火力、食い込んでくる牙の力が緩まないところ。もちろん言い回しの妙や読みやすさもあるのですけれど、とにかく不思議な心地よさがありました。  そしてもちろん、そこに決して負けていないのが物語で、特に中盤を抜けて終盤に入ってからの展開(神話を見せてからの現実的な危機)なんかはもう本当に大好きなのですけれど、でも本当に説明できません。きっと支離滅裂と言ってもおかしくないくらいのはちゃめちゃっぷりなのに、どうしてこんなに筋の通った物語を感じるのか? 危機が本当に危機していて、そこからの解決が本当に強いんです。「訪れた危機の解消」自体が解決であるのは当然なのですけれど、でも同時にそれを成したのが彼であることそのものが、彼の存在をはっきり確実なものへと変化させている、というような。  ここまでどこか現実味のなかったティコ太郎という存在、それが初めて実体を伴ったのがこの話の終幕であり、つまり物語的な状況を解決するのみでなく、彼そのものをも救済してしまっているところがこう、なんですか、本当に〝こう〟なるから困るんです。最初に言った通り、頑張って説明しようとすればするほど、異常な文章が出来上がってしまう……一体どう伝えたらいいんでしょう……。  いやもう、本当に面白かったです。地味にタイトルも好きです。ほんのり感動映画風。そして全然間違いではないところ。でもそこが主人公みたいな扱いだけどいいのかしら、という、細かいツボを突いてくれる作品でした。好きです。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/29
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他連載:9話完結

いつか野分の吹くところ

 山に住まう野分(風の一種)が、捨てられた人間の子を拾うお話。  昔話です。と、そう言い切ってしまうとちょっと語弊がある(というか人によってイメージが違いそうな)気がしなくもないのですけれど、でも個人的には昔話してる物語。おとぎ話とか童話と言ってもいいのかもしれませんけれど、でもどことなく和風な絵面というか、全体を通じてひしひし伝わる古代日本的なイメージが、まさに「昔話!」という印象です(伝われ)。  圧倒されました。何にかは正直わかりません。たぶん細かく散りばめられたいろいろなものに、というのが正確だと思うのですけれど、とりあえずその〝いろいろ〟の内のひとつとして、自然の描写の際立ち方がもうえげつないことになっていました。そういうお話、というかこれだけのパワー溢れる自然の描き方ができればこその物語だというのはわかるのですけれど、それにしたってとんでもない鮮やかさです。あまりにも彩り豊かなこの語彙力と表現力。なんだか文字使って絵を描いてるような感じ。  この表現力があればこそのお話、というのはまさにお話の筋や設定からもわかる通り。なにしろ主人公からして野分、すなわち擬人化された風そのものであり、他にもお天道様がいたり長老は熊だったりと、ここでは自然が人格を持って生活しています。ただいるだけでなく「生活している」というのがはっきりわかる描かれ方で、物語の舞台となる〝山〟は彼らの共同社会として機能しており、そして社会である以上そこには守るべきしきたりがあります。  物語としてはあくまで昔話(おとぎ話)、故に彼らはただ擬人化されただけの自然そのものと読むべきだと思いますが、でもそれ以外の解釈もできそうなのが面白いところ。伝承の中で擬人化される自然、神格化された存在(とそこにまつろうもの)はだいたい異民族のような存在だったりするとかしないとか、例えば狼の鳴き声の音韻表現なんかは露骨に示唆的な感じもするのですけれど、でもこの辺はどなたか詳しい人に任せます(すみません)。  いやもう自分ではあまりに力不足というか、真剣に紐解いていくには学がないと絶対無理なところ。ただ知識不足で全然わからない割には、それでもわからないなりのワクワク感があって、つまり下支えしている『何か』の分厚さがとんでもないのだと感じます。最初に言った通り圧倒はされたものの、それを説明できるだけの知識や知恵がない状態。己の浅学を恥じ入るばかりです。  以下は思いっきりネタバレ、というかお話の核心に触れる感想になります。  一番好きな点はやはりというか、この物語がハッピーエンドになっていることです。というのも個人的にはこのお話、本来どこにもハッピーエンドの要素がないように見えるんですよ。ここに描かれているのはいくつもの禁忌で、例えばいくら子供とて迂闊に異民族を招きいれるべきでないこと、一度コミュニティのしきたりを破れば二度とは戻れないこと、さらには弱肉強食の理などなど、ほとんど戒めの物語として読みました。であればこの物語は彼らが不幸に落ちてこそのもの、また実際そうなるべき材料しか見当たらないのに、でも一体何をどうしたらこうなるというのか、辿り着いた先はこれ以上ないくらいの見事なハッピーエンド。あまりに豪腕にただひれ伏すしかないというか、何をされたのか未だに理解できていません。魔法かな?  びっくりしました。読後の爽やかな気持ちと、分厚い満足感だけがしっとり肌に残る、でっかい油彩画みたいな力強い物語でした。狼たちがわーってやるところが好きです。命拾いしたはずなのに全然そんな気になれない、ゾッとするような光景の生々しさ。素敵。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/30
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛連載:6話完結

ブラックベアー・ディザスター~~二人の少年と人食いグマ~~

 突如人間の生活圏に出没した人食いツキノワグマと、運悪くそれに遭遇してしまった少年ふたりのお話。  キャッチコピーが素敵すぎます。見た瞬間ワクワク感が止まらなくて、なのに何ひとつ嘘をついてないというか、内容をそのまま完璧に要約しただけというのがすごい。あらすじ(紹介文)も非常に分かりやすくて、本編に入る前からすでに期待が高まる、このお膳立てというか入り口部分に手を抜かないところがもうすごいと思いました。やっぱり期待感の高い状態で読んだ方がお話に入り込みやすくて、結果として面白さがさらに上乗せされる部分はあると思うので。  内容はいわゆるモンスターパニックもの、圧倒的な力を持つ野生動物にめちゃくちゃにされる人々のお話です。互いの生存を賭けた戦いであり、手に汗握るピンチやそれを切り抜けるためのアクションが満載なのですが、同時に主人公である少年ふたりの関係性についてきっちり掘り下げているのが嬉しいところ。というか、むしろ物語としてはこちらがメインです。  作中の熊はしっかり凶悪に暴れまわっているのですけれど、でも「モンスター」と言ってもあくまで実在の動物、例えば架空の巨大怪獣のようなそれとは一味違います。現実味のある恐ろしさを孕んだモンスター。硬質な恐怖はあれども熊そのもののインパクトというか、設定の面での物語性はそこまででもなくて(例えばSFやホラー的なモンスターであれば、その正体や出自そのものがお話の種になりうる)、もちろんその気になればそういう味付けも不可能ではないのですが、でもこのお話の熊はあくまで現実的な範囲の脅威に留められています。  現実に十分起こりうる、わたしたちにも手の届く範囲の理不尽な災害。今日もこの世のどこかで起こっている悲惨な現実、その恐怖の中にあるからこそ生き生きと胸に迫る人間の姿。熊の存在の生々しさが少年たちの存在感を身近にする、あるいは少年たちのドラマがあるからこそ熊がリアルなのか、いずれにせよそれらがぶつかり合うことなく、相互に作用しながら物語を作り上げているのがとても印象的でした。  そして、というかむしろここからが本丸というか、とにかく最高だったのはやっぱりこの少年ふたり。桃李さんと理央さん。これは彼らの友情と信頼、そしてその先に結実する想いの物語で、つまりタグにもあるとおりBL(ただ露骨な性的表現はないので誤解なきよう)なのですけれど、このふたりの人物造形が面白い。  桃李さんの方はストイックな性格の弓道少年で、必然的に理央さんのことを庇うような関係性になるのですけれど、でもふたりとも「少女的」と形容されるくらいには中性的な容姿の持ち主なんです。成熟する前の未分化な少年であること。まだ男ではなく、といってもちろん女でもない、そしてただ子供と呼ぶにはもう大きすぎるくらいの存在。きっと人生のうちで(あったとしても)一瞬しかない季節、その妖しくも儚い何か『魔』のような美しさが、彼らの存在そのものから伝わってくるようでした。あくまで「存在そのものから」というのがミソでありツボです。  というのも彼らの言葉や振る舞いは、ただ純粋な友情とその先の恋心なんです(自分はそう読みました)。胸を揺さぶられたり甘酸っぱかったりはしても、その言動そのものに情欲を煽るものがあるわけではない。にもかかわらず香りたつこの色香の、その〝彼らの存在そのものかから〟〝しかも無自覚に〟発せられるこの感じ。魔です。これが魔でなければ一体何。  幻想の美に、でも生死の際という状況が血肉を与える感じ。あるいはこれがまったくの誤読、すなわち自分が一方的に見出しただけの幻だとしても、でも大事にしようと思います。美少年という概念そのものへのこだわりが存分に発揮された、『死』と『色』の重厚さが響く作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/30
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:5話完結非公開

藤原埼玉の初恋 ~ゴリラを添えて~

 ノベルパワーで成績を競い合う特殊な学園を舞台に、野心に燃える少年・藤原くんが突然恋に落ちてしまい葛藤したり青春したりする物語。  現代ファンタジー、それもタグによると「努力・友情・勝利」がテーマの王道ジュブナイルのようですが、同時に王道のラブコメでもあります。ヒロインがかわいい。というかそのヒロインに対する主人公の想いのピュアっぷりがかわいい。ちなみに両者ともに男性ですので必然的にBLに該当すると思うのですけれど、でもそんなことはもはや些細な問題というか、とにかくやりたい放題なお話です。とんでもねえもん見ちまっただ……。  なにしろ登場人物は全員実在の人物、しかも設定までもが現実のそれをモデルとしたものだったりして、つまりはメタ構造——というか身も蓋もなく言うならいわゆる〝内輪ネタ〟としての側面があります。事情をある程度知る身としては楽しく笑いながら読ませてもらったのですが、でも前提となる知識のない状態で読んだなら一体どのように見えるか、まったく想像もつかないというか相当に混沌とするんじゃないかと思います。設定部分はまだしも、まず主人公の名前からしてもう……なんですの「藤原埼玉敬称略」って(※敬称略までが名前)。  というわけで、いろいろぶっ飛んだ不条理な世界観ではあるのですが、それでも普通に面白そうな舞台設定だったりするところがなかなか侮れません。風変わりな学園に独特な成績評価システム、熱いバトルを予感させる「ノベル」周りの設定。実のところ詳細は不明というか、結構ふんわりした設定のはずなんですが、それでも〝わかる〟のがまあすごい。めちゃめちゃそれっぽいし普通に見たい。この「それっぽさ」がいわゆるただのテンプレートではなくて、しっかり面白そうなのが見事っていうかいやむしろ「なんで!?」ってなるんですよね。いいの?! なんかもったいなくない?  設定からしてそんな状態ですから、もうキャラクターに至っては言うに及ばず。作品自体が短い以上、登場できる尺だって限られているはずなのに、でもしっかりキャラが立っている。バトルものもラブコメもどっちも行けそうな主人公に、惚れられる役に違和感のないヒロイン、そして明らかに一癖ある感じのライバルキャラなどなど。こちらもある種の「それっぽさ」を感じる造形でありながら、でも彼らの言動にはちゃんと厚みがあって、それは物語の組み立て方が非常に丁寧というか、勘どころを押さえた書き方をされているのだと思います。つまり普通に面白いから困ります。だって絶対「元ネタ知ってるからこそ」の面白みもあるのに(ていうかほとんどがそのはず)、単純にうまいおかげで切り分けられない……。  個人的な趣味の話をしますと、ライバルキャラがとても好きです。いかにも悪い男って感じの関西弁が色っぽくてもうダメでした。この人がよってたかってめちゃめちゃにされて必死に抵抗しながらも結局悲鳴を上げて堕ちていくスピンオフ(R18)みたいなのを今から勝手に想像して優勝してこようと思います。ウオオーーーごちそうさまでしたァーッ!

5.0
  • 作品更新日:2020/8/31
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他短編完結

ケンちゃんと悪くない魔女?

 小学生男子の四人組が、度胸試しを兼ねて、近所の公園で見かける『魔女』の正体を探るお話。  とても優しい手触りの現代ドラマです。なにより目を引くのは作品の細やかさ、丁寧に一歩一歩道を踏み締めて進むかのようなストーリーテリングで、それによってもたらされるリアルな質感というか、物語世界の実存を感じさせる手腕がとんでもなかったです。  主人公のケンタを含め、メインの登場人物であるところの四人組は、その全員が小学三年生で、つまりこれは子供の物語です。子供の世界を子供の視点から、子供の感覚で描いた物語。読む分にはただ普通に読んでしまうのですけれど、でも冷静に考えるとこの時点ですでにとんでもないことになっています。だって少なくともこの作品を書いているのは大人なわけで(たぶん。もしかしたら違うのかもしれませんが)、にもかかわらず子供の感覚をそれらしく、かつわかりやすく、しかも自然な形で書き上げるというのは、それだけである種の特殊技能みたいなところがあります。普通はできることじゃありません。  お話の筋そのものは至ってシンプルというか、『魔女』という存在が登場する割には、実に落ち着いた流れの物語です。少なくとも物語のリアリティラインは現実のそれとほぼ同等で、そして度胸試しと言っても具体的には『魔女に直接その正体を訪ねること』、つまりメインに来るのはあくまでも対話です。  特に派手な事件や魔法のような不思議が巻き起こるわけでもない、出来事自体はきっとなんてことのない物語。にもかかわらずそこには非日常があって、つまり『魔女』という非現実の存在がそれで、そして対話がメインであるにもかかわらず(会話が多くなるとそのぶん行動が起こしづらいのに)、そこにはしっかり冒険がある。  怖い魔女に挑んだ勇気の物語。彼の勇気と迷い、そこに魔女の与えたいくつかの答えと、それをしっかり受け止めての成長。ビルドゥングスロマン、少年の冒険と成長の物語に必要なものが、余すところなく揃っている。それも現実に起こりうる範囲の出来事に、対話メインの展開で。気づけばすっかりのめり込んでいたというか、もうこのお話の筋そのものが魔女の仕業みたいな感じです。  ここから先は個人的な趣味に偏った話になりますが、魔女さんの正体があくまで不明なところが好きです。もっというなら、本当に魔女なのかもしれないところ。彼女の思わせぶりな返答、というか絶妙ないなし方のおかげで、子供たちは結局彼女のことを半ば魔女と確信するのですけれど。しかし読み手はそれを〝大人として見ている〟わけで、したがってただの「魔女のふり」だというのは簡単にわかります。わかるのですけど、でも同時に〝読者として見ている〟のもあって、つまりこのお話が創作である以上、魔女であったとしても何もおかしくないという、この想像の余地がもう本当に最高でした。だってこんなの絶対「本当に魔女だったらいいな」と思ってしまう……。いわゆるロマンとはこういうことかと、言葉でなく心で理解させてくれるお話でした。結び周辺の心地よさ、はっきり伝わる主人公の成長が好きです。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/30
  • 投稿日:2021/12/13