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カクヨムその他短編完結

最後の寝物語

 床に就く少女のために寝物語を読み聞かせる〝ばあや〟が、その日だけ特別に自作の物語を読み聞かせるお話。  暖かい雰囲気のファンタジー、というか童話かおとぎ話のような物語です。実際に作中でおとぎ話が語られる様子そのものが物語となっており、つまり語り部による昔語りと似たような構造なのですが、でも時制や主観を完全におとぎ話(こういうのも作中作というのでしょうか?)の中に飛ばしてしまわないところがよかったです。  あまり見ない気がするので単純に新鮮、というのもなくはないのですけれど、でもそれ以上にその自然さが楽しい、という感覚。お話の内容に対して都度少女の反応があって、それが情報の補足だったり拡張だったり、あるいは単純に横槍だったりもして、でもそれをやんわりといなすようなばあやの返答。ただの思い出語りでなくあくまで読み聞かせというのがはっきりと伝わって、その優しい空気感がとてもホッとするという、その点ももちろん好きなのですけれど。  その本領、というかまんまとやられてしまったのはやはり終盤、一度読み聞かせの形で書いておきながらそれを転調させてくるこの書き方です。  一気に視点が作中作の中、完全に登場人物の主観に乗り移る形になって、つまり読み手のお話へ乗り込み具合の深度を、こういう構造の部分でうまく制御してくる。これ冷静に考えると結構すごいことしてるというか、だって文章がシームレスなのに視点と時制が一気に切り替わっているわけで、にもかかわらずそれが自然であること。内容の盛り上がりに合わせてカメラを大胆に動かしてきて、それにより読み手の没入感をコントロールする。輪をかけて上手いのが最後に再び視点が戻るところで、その瞬間はもう完全に少女と同化していました。まさに『目を見開いている』というような。もっとも読んでいる間はあんまり意識しないというか、すいすい話が進んでいつの間にか引き込まれてるから全然気づかないんですけど、総じてかなりの技巧を凝らしたお話ではないかしら、という印象です。よくよく見直せば前半ほとんど地の文に頼ってないですし(ほぼ会話文のみ)。えっ何これすごい。  キャッチコピーが好きです。全体を通して感じた印象とはまったくそぐわない、個人を評するのにあまりに強い『最悪』という語。この若干の違和感の示すものというか、そこから読み取れるものの美しさ。作中ではずっと語り部に徹し、そのうえ多くを語らないままだった〝ばあや〟の、その主観からでなければ出てくることのない言葉。その語から読み取れてしまう時間の長さ、歩んできた足跡の壮大さと、なによりそこにあるであろう想い。きっとそう簡単には言葉にできないであろうそれを、でも読後に深く強く感じさせてくれる、この〝寡黙の中に含まれる想像の余地〟のようなものが、もうとても嬉しい物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/8/31
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:5話完結

青騎士と呪われた王子

 視力を失ったことにより「神に呪われた」とされた王子と、青騎士と呼ばれる謎多き従者の、巡礼の旅の一部始終を描いた物語。  ゴリゴリのハイファンタジーです。いわゆる『剣と魔法の』という喩えなら前半分だけというか、剣はあっても魔法やモンスターはない感じの舞台設定。あるいはただ書かれていないだけという可能性もあるものの、でも現実世界のそれとほぼ変わらない物理法則や生態系であろうとなんとなく予想され、でも同時に決して現実世界の「いつかのどこか」ではない(=いわゆる異世界である)と確信させてくれる、この堅牢かつ鮮やかな世界構築の手腕に惚れ惚れしました。物語世界に取り込まれるまでが早い。  文章自体の巧みさもあるのですけれど、それ以上に差し出される情報の順番と流れというか、〝文章を追うだけで全自動で脳内に世界が組み上がっていく感覚〟がすごいんですよ。なんででしょう? 序盤なんかとっても自然で、落ち着いた文章なのにものすごく惹きつけるものがある。登場人物個人にクローズアップされた内容を綴っているのに(だから読まされるのはわかるとして、でも)それを追うだけで世界のアウトラインが掴めてしまう。なにこれ。一体なにが起こっているのだ? こういうこちらの理解を超えた謎の技を繰り出されると、ただ「うまい」としか言えなくなるので困ります。  なによりすごい、というか個人的に好きすぎてもう降参する以外にないのが、この物語が『旅』を描いている点。ハイファンタジーはやっぱり旅をしてこそというか、このふたつが噛み合ったお話が面白くないはずがないという持論があります。逆説、旅というものを本当にしっかり描く、「読者を旅に連れて行ってくれる物語」というのはそれだけ難しいんじゃないかと思っているのですけれど、それを当たり前のようにこなしているのがこのお話の最大の魅力です。いや長編ならわかるんですけど。一万字ですよ? たったこれだけの尺の中でしっかり旅してる。異常というか圧巻というか、読み終えたときの満足感がすごかったです。実際の分量の二倍か三倍くらいのボリューム感。  そしてその旅を通じて描かれているもの、行く先々の光景から主人公ふたりの様子に至るまで全部そうなのですけれど、とにかく〝美しい〟作品だと感じたっていうかもうあれです、その美しさの質と圧がまっすぐこちらを殺しに来る感じがもう。いやこの辺はかなり個人的な感覚に沿った感想で、この「美しさ」という語は人によっては別の言葉の方がしっくり来るかもしれませんが、それはともかく。美しさへのアプローチの仕方、世界のありのままをこちらの情動にピトッと植え付けるみたいな、その書き方の筋道のようなものがもうとにかく強い。  荒涼とした美というか、「快」の感覚とは遠い要素を打ち出すことで描き出される造形の魅力。例えば序盤から引くのであれば、王子であるアーシュカの外見描写。最初にふんわり「太陽のごとく輝ける美しい御子」なんて書いておきながら、実際の描写はそれがどう失われたかを書き連ねているんですよ。なにこれ(二回目)。  とはいえ文字だからそこまでは、という感覚も否定はしないものの、でも描写としては十分に生々しくて、その悲痛さの手触りによって浮き立つ魅力というか、なんだか痛みを感じることで逆に生きていることを実感するみたいな、いやもうなに言ってるのか自分でもわからなくなってきました。とにかくすごい。人物の容姿に限らず目に映る光景や世界のありようについてもそうで、なんだかある種のフェティシズムみたいなものすら感じる独特の〝美しさ〟。なんでしょう、だいぶやばいものを食わされた気分です。  すごいお話でした。おかげで内容について触れている余裕がなくなってしまったというか、その辺はもうここまで書いたことからもまず間違いないとだけ言わせてください。とりあえずタグにある「王子/騎士/巡礼/旅/主従/ブロマンス」、これらの語から読者の望むものがしっかりきっちりたっぷり全部のせで、しかもそのどれもが生々しくも悲痛な美しさを伴って描かれていると、それはここまでに書いてきた通り。  最高でした。力と信頼と傷と引け目、それらが男ふたりを結び付ける過程を描いた、いやもうなんかもう本当たまらん感じの物語でした。面白かったです。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/1
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:3話完結

アルベル

魔界の一角にある人肉レストラン、美貌の店長アルフォンソが、在庫の切れかかった人肉を狩りに行く年始のお話。 魔界や天上界といった世界規模の舞台設定から、主人公の経営するレストラン『アルベル』単体に至るまで。てんこ盛りに積み上げられた設定の中に、どんどこ出てくる魅力的な男ども。 サービス精神旺盛というか、まったく出し惜しみしないところが好きです。 どちらかというと長編向きというか、設定やキャラがこれだけ存在するなら短編で終わらすにはもったいないタイプの話だと思うのですが、ともあれ美形は最高です。それぞれタイプの違う男たちがわちゃわちゃやるのは良いものです。 お話の筋そのものは、とあるレストランの繁忙期のひとコマといった趣。短編らしく、掛け合いメインの軽くて読みやすいお話でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/1/8
  • 投稿日:2021/10/5
カクヨムファンタジー連載:3話完結

魔法使いは君の空を舞う

 歌姫を務める幼なじみと同じ舞台に立つため、『ダンサー』と称される魔法使いとなった少年の、記念すべき初舞台の日のお話。  恋愛ものです。それはもうゴリッゴリの恋物語なのですが、でも同時にがっつり異世界ファンタジーしているお話でもあって、つまり世界設定という面でもしっかり組み上げられています。特に序盤が顕著、というか最初からファンタジーとしての舞台設定の魅力をもりもり乗っけてきて、それがまた非常に華やかというか、キラキラと輝くような豪華絢爛さがありました。  端的にいうならショービジネスの世界。歌姫の舞台を盛り上げるための、バックダンサーと特殊効果担当を兼ねたような存在である『魔法使い』。宙を舞いながら水や風や雷で舞台を彩るそのお仕事は、当然誰にでもできるようなものではなく、つまり長い研鑽の末にようやく手にした栄光。主人公・ルカさんにとっての初舞台、その幕がいよいよ上がろうかという、その瞬間からこの物語は始まります。  全三話の構成のうち、第一話は完全に舞台上での演技の場面。派手で煌びやかな迫力があるのはいうまでもなく、それがしっかり導入になっているのがまたすごい。いやこう書くとごく当たり前のことのように見えるかもしれませんが、でも現実の演目ならいざ知らず、魔法を駆使した架空の舞台から始まるのってそう簡単じゃないはずです。読者にまず前提となる世界設定を理解してもらう必要があって、つまりこの辺は結構入り組んでるはずなのですが、でもさらっと語り通している。第一話の極々短い分量の中(数えたらなんと1,700文字くらいしかない!)、物語世界の説明に舞台の描写、さらには主人公とその幼なじみの情報まで自然に混ぜ込んで、この語りの自然さと周到さは尋常じゃありません。  基本的に、というか総じてお話の組み立てというか、語るべきことを過不足なく語っているという印象。そつがなければ隙もない。一話目の段階では『遠いところに行ってしまった幼なじみ』を見るような形だったのが、二話目でどうして先に行かれることにおなったのかが明かされ、そしてその上での三話目。溜めに溜めた末脚が爆発して、まさにザ・恋愛といった趣っていうかもう甘酸っぱい! 好き! いやーやっぱり幼なじみっていいなあと、なんだかうっとりするような思いでした。詳細な設定も組み上げられたお話も、結局すべてはこのためというか、やっぱり主軸は恋愛です。思い合うふたりの、初々しくも瑞々しい恋模様。  鮮やかさというか、彩りの豊かさ、というのがこの作品の最大の特色、あるいは美点ではないかと思います。繰り出される魔法の煌びやかな感じ。空を飛ぶだけでもなんだか綺麗で、そしてその上で描かれる三話目の〝青〟、その圧倒的な輝きの描写。総じて色の使い方にこだわりを感じるというか、本当に画面が綺麗なんですよね。ステージとか風景とか、広角に切り取られた景色の美しさ。でもただカメラが引いているわけではなく、しっかり情動も描いているという……。  すごいです。なんだろう、筆の射程が広い感じ(よくわからない例えですみません)。短い尺の中にギリギリいっぱいまで世界を広げて、その上で王道の恋愛劇をも貫いてみせる、実に贅沢な味わいの作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/5
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他連載:2話完結

わたしたちは平凡で凡庸な普通の女子高生です

 平凡で凡庸な普通の女子高校生四人組の、ファストフード店でのぶっちゃけトーク大会。  ゆるふわほのぼのコメディです。いや言うほどゆるふわほのぼのか? 冷静に考えると結構すごいことになっている気がしなくもないんですけど、いずれにせよ肩の力を抜いて読める楽しいお話でした。  ちょっと捻った章立てというか、はっきりくっきり二部構成になっているところが面白いです。それぞれ「A面」「B面」と題されているのですが、まさにその章題の示す通りの内容でした。A面だけで単一のお話として完結しており、その上でのさらに強烈なもう一捻り。またそれぞれに話の雰囲気や方向性が異なるということもあって、読み終えて「なるほど」とスッと腑に落ちるような感覚がありました。  あとものすごく細かい個人的趣味な上に本文以外の要素で申し訳ないのですけど、作品紹介の文章が好きです。世界をふんわりともう一段、広げて想像させてくれる綺麗な煽り。雰囲気があって楽しいです。

5.0
  • 作品更新日:2020/7/4
  • 投稿日:2021/11/4
カクヨムファンタジー短編完結

マリア

叶わなかった初恋をずっと引きずっていた男性が、故あってその相手を助け、長年の想いを遂げるお話。 一章立ての短編ですが、その章題がなんと『エピローグ』。どうやらなんらかの物語の終章であるらしく、それがどういう意味かは読んでいくうちにうっすら見えてくる、というお話の筋。 単にこの作品単体に留まらず、このエピローグに至るまでの道筋を想像させる、独特の面白みがありました。 ある種の変化球的な構成であることには間違いなのですが、といってその構成に甘えているわけではない、というのが好きなところ。 このエピローグだけでひとつの物語として完成されており、なおかつその主題にしっかりとした重みがある。無残に散った初恋の思い出と、それに囚われ続けることの苦悩。結局、癒すことのできなかった深い傷跡。そういうものの重みというか、お腹にずしりと溜まる読み応えが魅力的でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/1/16
  • 投稿日:2021/11/2
カクヨム恋愛連載:8話完結

Happy Lucky Soda Magic!

 高校三年生の少女の目線から描かれる、等身大の恋と青春の物語。  それ以外に形容のしようもないくらい、まさに恋愛オブ恋愛といった風格の恋愛劇です。恋に思い悩む少女の日常。きっと不思議なことや大掛かりな事件なんかは何ひとつなくて、客観的な視点からはそこにはただ、何の変哲もない日々が続いているだけなのですけれど。でも『恋をしている』という事実ひとつが、その何もないはずの毎日を、波乱万丈な冒険の日々に変えてしまう。その感覚が生き生きと描かれていましたっていうか、もうまさに〝それ〟そのものでした。  恋と青春をそのまま現物で持ってきたかのような迫力。ストーリーよりもキャラクターよりも(もちろんこれらがないというわけではないのですが)、ただ『恋の感覚を文章上に再現すること』だけを優先したかのような物語です。事実、カメラは主人公である咲良さんにべったり寄り添っていて(というかもうほとんど同化していて)、その時々の感情や情動に応じてくるくると色を変える文章の、その浮き沈みの激しさの醸す思春期独特の感覚。遠いあの日の青さと甘酸っぱさ。きっと他人からすればなんてことのない些細な出来事、そのひとつひとつに喜んだりあるいは不安になってみたりと、まさに恋の嵐の最中を行く感覚をそのまま文章にしたような風情。実に印象的で、なにより力強いものを感じました。  ストーリーはこれもある種の王道と言っていいのか、特別捻ったところはない(というか何の変哲もない日常が嵐になってしまう時点で捻る必要もない)のですが、でもこの作品独自のエッセンスとして、車椅子の存在が挙げられます。主人公が恋をする相手であるところの隼人くんの移動手段。どうしてそれを使うようになったかは書かれていないのですが、でもそれゆえの悩みというか引け目というか、コンプレックスのようなものがお話の主軸にうまく作用して、物語の展開に綺麗なメリハリを生んでいるように思います。なかなか多くの人には分かってもらえない苦悩。  また車椅子と同様に、作中に出てくるいくつかの要素、いわゆる道具立てにこだわりを感じました。タイトルにも出てくる『ソーダ』なんかがわかりやすいと思うのですけれど、作品のイメージをそのまま象徴するかのようなあれやこれや。音楽を聞く趣味とか、その曲の内容などなど。総じて非常に爽やかで、でも同時に思春期特有のヒリヒリした不安もある、まっすぐで甘酸っぱい恋愛物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/5
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛連載:7話完結

神崎ひなたの受難 藤原×神崎ss〜next ecstasy〜

 女子校の文芸部を舞台に、(おそらく唯一の)常識人であるところの美少女「神崎ひなた」が、迫りくるストーカー女子「藤原埼玉」の魔の手をいなしたり躱したりツッコんだりする恋の物語。  百合ラブコメ、あるいはテンション高めのコメディです。まず最初に触れざるを得ない点として、この作品は実在の人物をモデルにしたキャラクターが活躍するお話であり、つまりタグの通り「内輪ネタ」が多分に含まれています。そして自分はまさにその内輪に該当しているので、それ以外の人からはどういうお話に見えるのか、その辺りは見当もつかないという前提での感想になりますっていうかえっ嘘でしょぼくが出てる……?(※自分からお願いしました、ただ本当に使われると思っていなかっただけで)  笑いました。なんですかこのやりたい放題は! いや本当内輪ネタの内輪っぷりがきっちりしているというか、現実というかモデルの実際の行動をものすごく大量に(かつ忠実に)盛り込んでいて、しかもそれがちゃんとコメディらしいのがまた余計におかしいです。例えば序盤、急に出てきたお嬢様にいきなり調教されて犬になるところなんか、普通にリアルタイムで見ていた覚えがあります。一見唐突なように見えて、いやインパクトって意味では十分唐突なんですけど、でもこれ一発でしっかり九瑛さんのキャラクターの印象が固定されてるんですよね。すごい……。  中盤の謎のパワーインフレ感が面白かったです。作者の人柄というかなんというか、出る人出る人みんな強キャラみたいになってて(とはいえその強キャラ性はそれぞれ方向性が違うのですが)、それをただのお祭り騒ぎと油断して眺めていたら、なんとみんなしっかり活躍の場があるという……。ノリと勢い優先なように見えて、実は結構しっかり仕事してるのが地味にすごいです。いや本当、怒涛のコメディ展開のおかげでついつい見落としそうになるんですけど、実はこのお話ストーリーがいいっていうか、大騒ぎの裏でしっかりタイトル通りの「藤原×神崎」を貫いているんです。  この先は直球のネタバレになってしまうんですけど、クライマックスにおける主人公の活躍、神崎さんがゴリラを打ち倒す瞬間。「目を覚ませ」という叫びが最高でした。そこまでの様子見てるともう「一生眠ってて」くらいでもおかしくないのに、いやこんなの愛じゃん……実質眠り姫の目を覚ますキスじゃん……ってなりました。藤原さんが我を失った催眠状態になったのは、もちろんゴリラのせいでもあるのですけれど、でも第2話の即落ちのシーンにもかかっているように読めて、実は神崎さんその辺から無意識下でうっすらもやもやしてたのかなー、なんて、この辺の機微がもう本当にうまい。どんどんいけちゃう。素敵。  あとどうしても欠かせないもう一点というか、九瑛さんが好きです。彼女のキャラクター性と物語上の扱いが。堂々たる悪役をこなしているのに、最後に嫌な感情が残らない。むしろ魅力的ですらあって、この後味の良さがあってこそというか、やっぱりコメディはこうでないとと膝を打ちました。  総じて明るい、どこまでもまっすぐな、心をスカッとさせてくれる気持ちの良いお話でした。実はシリーズ物の三作目(たぶん)に当たる作品みたいですけど、これ単品で独立して読めるようになっているのも好きです。

  • 作品更新日:2020/9/5
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム恋愛短編完結

enD happY

 とある深夜、どこかの部屋を訪れるひとりの男性と、その中央で彼を待っていた女性のお話。  恋愛もののお話です。エッいや恋愛もの? ジャンル設定はそうなっていますし、もちろん間違いではないのですけれど、到底「恋愛」の一語に収まりきる内容ではありません。いわゆる甘酸っぱい恋物語的なものをイメージしていると大変な目に遭います。濃いというかブ厚いというか、ひと組の男女が辿り着いた感情の袋小路、限界ギリギリの関係性がそこにありました。  ぴったり3,000文字というコンパクトさもあって、具体的な内容に触れずに語るのは難しいです。したがってこの先はそれなりにネタバレを含みますがご容赦ください。  いきなり核心のようなところに触れてしまうと、これは依存のお話です。相手から見放されたら生きていけない関係であり、またそうであるが故に決して見放すことのできない関係。与えるものと与えられるものとの一方的な勾配、ある種の不均衡が完全に成立した状態から物語は始まります。  ベッドの上でしか生きられない女性と、その世話をし続ける男性。そうなるに至った詳しい経緯については明かされていないものの、でも直接的というか現象的な面での原因は書かれていて、それがまた壮絶というか強烈というか、まあ本当とんでもないです。どうにもならない傷跡というか、物理的にそうなるしかない一種のデッドロック状態。  完全に生殺与奪を握っているにも等しい関係性で、にもかかわらず精神的な力関係は正反対というか、物理的な弱者が強者を支配するためのロジック(というか仕組み? 仕掛け?)が最高でした。赦しがそのまま呪縛となって、それにより相手のすべてを支配する女。もちろん赦すには罪が必要なわけですが、でもそれもまた彼女自身がコントロールしているというか、相手の暴力を意図的に誘発している面すら伺えること。  作中で起こった(正確には三日前の)痛々しい出来事は、あるいは彼女がそう仕向けたのかもしれないと、そう思わせるには十分すぎるくらいの、あの最後のセリフ。主人公の持つ(そしておそらくは抑えることのできない)暴力性や身勝手な性衝動のようなものを、拒むでも窘めるでもなくただ無償で受け止め、その受容により彼の働いた狼藉がまるで『弱さ』であるかのように翻訳されてしまう。弱くて幼くて、だから間違ってしまう主人公。子供の過ちを受け止め、許し、そのうえ慈愛すら与えてしまえるのは、なるほど関係性において絶対的に上位にある側でなければ不可能なこと。  とてつもないです。書かれているものそれ自体と、なによりその胃もたれを起こしそうな凶悪な濃度が。彼女の底無し沼のような妖しい魔力、というのもそうなのですけれど、それ以上に主人公がもうどうしようもなく詰んでいるというか、彼女がわざと彼の暴力を誘っているように、彼自身もわかっていて自らその泥沼にはまっているような向きがあります。  つまりはある種の共犯関係、お互いに全部わかった上で、ただ無限に癇癪と甘やかしの永久機関をやっているようなもので、そして彼も彼女もその他に生きる道がないような状態。すなわち完全な〝詰み〟状態、行き止まりという意味ではまさに『エンド』そのもので、そして同時に『ハッピー』でもあります。なにしろお互いがお互いに、これしかないという唯一のものを与え合っているわけで、だからこれは紛れもない『ハッピーエンド』であると、いやいやいやいや本当にそう言っていいの? 怖くない?  少なくとも読者の立場、客観的な第三者の視点では完全に真逆、『終わりのない地獄』そのものにしか見えない。とんでもないです。まったく正反対のものの中に、でも主確かに『幸せな結末』を作り出してみせる、とんでもない濃厚さと破壊力を備えた作品でした。情緒をめちゃくちゃにされたよ! 好き!

  • 作品更新日:2020/9/6
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他短編完結

次の新刊の話をしよう。

 音楽好きの女子と読書家の男子が、ふとしたきっかけからお互いにCDや本を貸し借りするようになるお話。  ひと夏の青春の物語です。タグにある「友達以上恋人未満」という語がまさにそのまま本作の内容を表していて、つまりこの「以上」と「未満」のバランス感覚が最高でした。なかなか着陸の難しい狭い範囲にぴったり収まってくれるというか、「これだよこれ!」みたいなストライク感。このふたりの関係を説明するのに、「友情」という語は違うし「恋愛」というのはなおのこと違和感のある、つまりそう容易には言い換えの効かない関係。だからこそ物語で語られるべきであるかのような、「このふたりだけの特別」が非常に嬉しく思える作品です。  仲のよい男女のお話なのですけれど、そう安易に恋愛らしい部分に傾いていかないのが好みです。実際いかにもという感じの描写はほとんどなくて(個人的な印象かも)、でも「物語のその後」として勝手に夢想するのを許してくれるくらいの余地はあるという、これが読んでいて本当に心地がいい。といって、では「あくまでも友情の物語」となるかというと、それはそれでまた少しニュアンスが違うというか、実は友人関係としても日が浅かったりするのが面白いです。  あくまで互いの趣味を貸し借りし合うだけの関係で、でも「趣味が同じ」なのではなく、互いに自分のまったく知らない世界を教え合う間柄。ここが重要というかツボといいますか、考えようによっては「恋人以上」とも取れちゃうのが本当に好き。考えようによっては恋人に対してすら望めない関係性。自分の好きなものってそれこそ自分を形作るもので、それを他人に受容してもらえるかどうかって、すごくドキドキするものだと思うんですよね。不安と、そして受け入れてもらえた瞬間の嬉しさと。そういうものがさらりと、でもくっきり食い込んでくる形で描かれているのが、もう本当に青春という感じでたまりませんでした。この『前向きな不安』って最高じゃありません?  その上で、というかなんというか、このお話の内容というか筋というか、向かう先の力強さが素敵でした。若干ネタバレになりますがタグにもあるので言ってしまいますと、このお話は『創作』の物語です。つまりはこう、さっき言った『自分を形作るものを需要してもらえるかの不安と期待』が、中盤からそのままいきなり十倍くらい濃厚になって(正確にはその可能性を匂わせる形から入るのですが)、あるいはそれと似たような経験があればこその感想なのかもしれませんが、でもその書き方・組み上げ方がもう本当にすごい。  構成の面でのテクニカルさ。というのもこのお話、実は結構実験的なところがあって、主人公ふたりの視点を交互に行き来する形で描かれているんです。これがもう、本当に、すんごい活きているというかなるほどこの構成でなければこれは描き出せなかったというか、こういう『仕掛け』のようなものがしっかり仕掛けとして、作者の意図通りに機能している(そして読者としてそれに見事に嵌められる)感覚は、それだけでものすんごく楽しくなってしまうものがあります。  というわけで、ここまで述べてきた主観的な感想というか、「嬉しく」「心地がいい」「楽しくなって」等々からも分かる通り、とにかく幸せな作品です。ハラハラする不安だって期待の裏返し、嫌なことや重たいものは全然なくて、とにかく前へと拓けていく、まさに「ハッピーエンド!」という感覚を与えてくれる作品でした。素直に好きになれる物語だと思います。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/6
  • 投稿日:2021/12/13