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カクヨムその他連載:2話完結

蓮と蛍が出会う場所

 かつて歌を歌うことがなにより好きだった高校生の少女と、その幼なじみの少女のとある一日のお話。  青春ものの現代ドラマです。合唱部での活動、あるいは歌うことそのものが主なモチーフ、と書くといかにも爽やかな青春模様を想像してしまいそうになるのですが、さにあらず。冒頭からなんだか不穏な雰囲気で、その重苦しい空気の書き表し方と引っ張り方がまた巧みというか、このシリアスさこそが本作の特色であり、また最大の魅力であるように思います。  読み始めて早々に、というかあらすじの時点でわかるのですけれど、主人公の蓮さんは何か大きな欠落を抱えた存在です。もっと言うなら、あからさまに何かを失った状態から物語が始まっています。この過去の喪失をはっきり描き出し、そしてその原因に対してじわじわ迫っていくかのような、この話運びの丁寧さがとても好きです。  匂わせ方というかなんというか、視点保持者である主人公自身が、それについてできるだけ考えないようにしているような感じ。なのにお話自身は当然そっちへ向かって、もちろん読み手としてはその真相が気になるのですけど、でも迫れば迫るほどなんだか見たくないような、このじわじわ積もる嫌な予感がすごい……っていうか、実際その予感の通りだったのがすごかったです。  タグにもある通り、確かにこれは「トラウマ」という言葉にふさわしい出来事。なかなか本格的というか洒落にならないというか、本当に人の邪悪な部分を持ってきていて、でもなによりどうにもならないのが「実際そういう現実ってあるよね」となってしまう部分。  ただ明るく爽やかなばかりではない、青春のいわば影の側面。面白いのはそれが主人公たちを当事者として描かれているのではなく、まるで不幸な貰い事故であるかのような形で描いているところです。  もっと具体的にいうのなら、主要な人物たちが〝やらかして〟しまうのではなく、ぽっと出のモブ(脇役)がそれを果たし、しかもなんの後始末もされないまま〝そういうもの〟として処理されてしまうあたり。さっき言った「そういう現実ってあるよね」というのはまさにこの書かれ方(というか事件の扱い方)を指してのことで、この主人公らに感情移入したとき「とても理不尽な感じ」のようなものが、とても胸に刺さると同時に大変リアルな手触りであるところが素敵でした。いや出来事そのものは素敵じゃないんですけど。作品として素敵。  これだけだとただの嫌なお話になってしまいますが、もちろんそんなことはなく。この洒落にならない嫌さをしっかり踏まえた上での、この物語の帰着点。ちゃんと乗り越えた上でのハッピーエンド。いや実を言うとだいぶ驚いたといいますか、最後の締めの部分がものすごく短いんですよ。ぱっと見で明らかに分量が少ないのに、この少なさシンプルさでしっかりトラウマを乗り越えていること。スパッと切れ味のいい綺麗な閉め方。なんだか潔さのような凛とした読後感が嬉しい、重たいながらも強く前向きな青春物語でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/6
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムその他連載:8話完結

現代lemonismの諸問題とその超克について

 とある教育実習生のお話。  面白かったです。ただひたすら圧倒されました。とても何か言わずにはおれないのですけれど、でも何を言っていいやらわからない。というかもう、何も言えることがない。凄かったです。あまりにも凶悪な作品でした。一文一文が抜き身の刃物のようで、読み終える頃にはもう全身傷だらけというか、たぶん三話目くらいでもう死体になってたような気がします。ああダメだ、本当に好きすぎて言葉が出てこない……。  ジャンルは現代ドラマとなっており、確かに他の単語が浮かばない程度には現代ドラマです。自分はいつもエンタメ作品ばかり摂取しているため自信がないのですけれど、こういうのを文学と呼ぶのでしょうか……いやもう死ぬほど面白いのは間違いなくて、でもその「面白い」は娯楽小説らしい手段によってもたらされるそれとはまた違う——なんて、あくまで個人的な印象ではあるのですけれど。でもそういう作品。この「文学」って言葉はどうも人によって意味が大幅に異なるみたいで、加えて自分もよくわかってないので滅多に使うことがないのですけれど、でもこればっかりは。言いたいので。  お話の筋は上にも書いた通り、教育実習中の女性の様子を描いたもので、でもそこはどうでもいいというか、少なくともここで(感想や解説として)ストーリーラインに触れる必要性は薄いように思えます。そこじゃないので。いや物語自体はしっかり存在していて、実際かなり丁寧に組み上げられたものだと思うのですが、それでもやっぱりそこじゃない。単純にお話の筋をあらすじのように要約してしまうと、どうしてか肝心なところが全部抜け落ちてしまう。  お話が展開していくその最中に、ひとつひとつあらわにされてゆくもの。いや最初からあらわではあるのですが、でも都度きっちり〝確定〟(というかもう〝トドメ〟というか)されていく何か、語弊を厭わず言うなら「主人公の持つどうしようもない部分」が、もう本当に胸に刺さるっていうかいちいちこっちを道連れにしてくるのが本当に凶悪なんです。  主人公の人物造形と、わかっているはずなのに曖昧に目を背けているところと、そして「ああ確かにそれは直視できない」と思わされてしまうところ。本当に見たくないもの(キャラがどうとかでなくお話を読んでいる自分自身が)をこれでもかとばかりに次々投げつけてきて、その手触りというか歯応えというか、「明らかに他人事でなく自分のこと」と感じられるところがもう、本当にすごい。  ちょっとおかしな例えになるのですけれど、例えば映画とかでなんか痛そうな流血のシーンを見たときにですね、「うわーやだ痛い痛い痛い」ってなって目を細めてしまうような、それのメンタル版みたいな感じ(ひどい例え)。しかも文字で食らわせてくるから、よく考えたらいくら目を細めても別にぼんやりしないんですよ。全部減衰なしの100%のダメージ。この人間の手触り。吹き出る血と膿んで爛れた傷痕の生々しい匂い。劇でなく、物語でもなく、まず人間を読まされているとはっきり実感させられること。恐ろしい……。  その上で、ネタバレにはなりますが、どうしても触れずにはおれないストーリー部分。最後の最後、あの手品みたいな一撃。もう意識が飛ぶかと思ったというか、単純に「は? 何が起こった?」ってなりました。  だってこんなの完全に魔法です。ここまでのあのボロボロの、傷だらけの本当にどうしようもない積み重ねを、でもあの短い最後の一話だけで〝こう〟できてしまう。本当にもう、何をされたのかわかりません。だめだ何もわからない……どう言えばいいのこの衝撃……。  本当に、ただただ面白かったです。小説に求めるものそのものを浴びせられた感じ。読めてよかったと心から思える作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/7
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨム歴史・時代連載:4話完結

黒犬玉

 誘拐された犬神使いの家の息子と、それを救わんとするふたりの男のお話。  ファンタジーです。それもゴリッゴリの和風ファンタジー。実を言うと和風ファンタジーってあんまり読んだことがなく、そのうえ知識すらもない(歴史とか何もわからん)人なのですけれど、そんな自分が読んでもしっかり和風ファンタジーなのがすごい。  この作品の魅力をどんな言葉で伝えたものか、正直ものすごく難しいのですけれど、ひとことで言うなら『丁寧に組み上げられた世界そのものに面白みのあるタイプのファンタジー』。なんとなくSFっぽい印象すらあって(個人の感想というか、人によって〝この感覚〟を表す語が違いそう)、つまりあくまでも和〝風〟です。昔の日本そのものではどうもなさそうなのに、でもそれがものすごく日本日本〝している〟ような感覚。度肝を抜かれました。和風ファンタジーなのにしっかりハイファンタジー(異世界)してるというか。  歴史上の何かにオリジナルな設定を組み込むのではなく、どうもきっちり一から組み上げているっぽい世界(違ったらすみません)。でもしっかりと和風なんです。イメージ的に身近な和のエッセンスで想像できる。読んでいるとひしひし感じるこの感覚、こう書いてしまうと何がすごいのか全然説明できてない気がするんですけど、でもこれが本当に〝イイ〟んです。  社会制度や組織まわりの設定が架空のそれで、でも説明がなくとも名称だけでだいたいわかってしまう、この『だいたい』の気持ちよさ。っていうかもう、ただ単純に格好いいです。固有名詞等々がもう雰囲気バリバリで、自分の心のどこかのセンサーがずっと反応しちゃうような。こういうのなんて言えばいいんでしょう?  その上で、というか、その設定面の架空度合いだからこそ魅力が増してくるのが、この物語の主軸。すなわち、事実上の主役であるところの『犬神』です。  犬神という語(概念)そのものは現実にあるものですけれど、でもこの世界のそれは果たしてどのような存在か? 『黒犬玉』というタイトルに、暗闇の中に慟哭する飢えた獣から始まるプロローグ。この『呪』の不吉さと『獣』の生々しさ、対照的なふたつの恐れから成り立つ黒い生き物の、その恐ろしさが故の美しさ。さっき「ファンタジーなのにSFみたい」的なこと言っといて手のひら返すようであれなんですけど、なんだかホラーみたいな鋭さがあるなあ、なんて、いやもうめちゃくちゃ言ってるみたいですけどでもお願い伝わって! 全部本当だから! という、もう本当に説明に困ります。  終盤が好きです。あるいはキャラクターそのものでもあるのですけれど、とにかく少年(蓮)と犬神(玉)との主従関係というか、その信頼が垣間見られる光景がもう。総じて雰囲気の良さとセンスの光る、世界そのものに気持ちよく浸れる作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/7
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムSF連載:4話完結

ルート254の旅人

 どこまでも続く真っ直ぐな道の途中、翼の折れた天使をなぜだか拾ってしまった、とあるバイク乗りの旅路のお話。  SFです。とても気持ちの良い終末系SF。本来ならまったく交わることのなかったであろう対照的なふたりの、冒険の旅路というか一種の逃亡劇というか、なんだったらある種のロードムービー的な物語。いやロードムービーという語の使い方があっているかどうか自信がないのですけれど、でもその言葉のイメージがぴったりくるというか。  見渡す限り一面の荒野、ただまっすぐ伸びる直線道路と、そこを突き進む改造ホバーバイク。映画的な画の強さがあって、しかもそれがストーリーをそのまま象徴しているので、物語に入っていきやすい。その上でこの〝道〟が本当にいい仕事しているというか、ただの設定に終わらずテーマ性の部分までしっかり担っていて、総じてものすごく綺麗に組み上げられた物語だと思いました。いろんな要素の使い方がすごい。  まず登場人物が素敵です。彼らのキャラクター性というか、その存在が非常に対照的であるところ。折れた翼を背に生やした少女と、ハードな世界に生きる走り屋の男性。全然違う世界の生き物、というのは実はまったく字義通りの意味だったりして、しかもそれぞれの暮らす世界を象徴するかのような役割を果たしているのがまたすごい。先ほど『終末系SF』と書きましたけれど、実はこのお話にはもうひとつの顔があって、同時にディストピアSFでもあるんです。  まるで天使のような姿の彼女、アインズの暮らしていた『上』の世界。対する主人公ツクモの生きる世界、すなわち彼女の落ちた先は『下』であり、それは『上』からの落下物によってかなり不便な立場に置かれた世界。ある種の格差によって分たれているのは間違いなくて(少なくとも下よりは上の方が安全)、では『上』の世界が幸せなのかといえば、決してそうとも言い切れない——というか、まさにディストピアそのものの管理社会であるという。  この対照的なふたつの世界を、対照的なふたりがそれぞれ象徴して、でもふたりはいずれもその世界の代表でおなければ平均でもなく、むしろイレギュラーにならんと欲する存在であること。そしてそれが故に始まる冒険の、そのきっかけでもありまた原動力でもあるのが、お互いにとってお互いの存在である——という、もうなんでしょう、この構図やら関係性やらのえも言われぬ気持ちよさ!  すんごいです。こういう細かな要素を相対化させることで物事を描き出す手法というか、練り上げられた設定のひとつひとつがもう全部好き。例えば、天上の鳥籠を逃れるために彼女がとった行動が、なんと「翼を折る」だったこととか(普通は翼って羽ばたいて逃げるためのものですよ?)。あるいは無力な少女を手助けするヒーローであるはずの主人公が、でも同時に彼女のおかげで〝道を外れるための力を得ている〟ことも(それも意識的なもののみならず、物理的にも力を与えているからすごい)。こういういろんな要素の逆転やら対比やら、それらがあちこち幾重にも張り巡らされている上に、しまいには相互に連携しあってより強みを増すかのような演出(構造)。  いやもう、本当に気持ちが良かったです。そして書くタイミングがなくて最後になっちゃいましたが、純粋にキャラクターが格好いいのも嬉しい。それもいわゆる『強キャラ』的な格好よさでなく、姿勢や生き様から滲み出る魅力。立ちはだかる世界に打ち勝てるほどの力や異能があるわけでもないのに、でも決して臆せず前を向くふたり。いやふたりでいるからこそ前を向けること。きっとどこまでも進めるだろうし、むしろ進む先がふたりの道になっていくのだろうなと、そんな確信を抱かせてくれる物語でした。本当に爽快! ふたりとも大好き!

5.0
  • 作品更新日:2020/9/7
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー短編完結

待機

ゲームが楽しすぎて死にかけている男が、薄れゆく意識の中で人生を振り返るお話。 主題自体は非常にゆるく、独特のテンポが楽しい対話劇で、肩の力を抜いて読めました。 特に『スーツ姿の男』のキャラクターが本当に愉快で、彼に振り回される主人公の姿が大変笑えます。 対話ベースのコメディ、という、ある種コントや漫才のような趣のコミカルさを、きっちり小説として魅力的に書き上げているところが好きです。掛け合いがベースであるにもかかわらず、でも演者の声や身振りを必要としない、文字を追わせることで面白みを感じさせる書き方。間の取り方というか読み手の意識のコントロールの仕方というか、いずれにせよそう簡単にできることではないと思います。 とにかく読んでいてただただ楽しい、大変愉快なお話でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/1/24
  • 投稿日:2021/11/2
カクヨム恋愛短編完結

Fin Heureuse

 とある青年の起こした殺人事件、その足跡を辿る弁護士のお話。  上記の一文の他に、何も説明できる気がしません。例えばこの作品を誰かに紹介するにあたって、まずざっくりしたジャンル名からして思い浮かばないレベル。こういうお話、なんと呼べばいいのでしょう……例えば「なんだか翻訳ものの名作文学のよう」というのは、そりゃ「あくまでいち個人の感想」という意味では間違いではないのでしょうけれど、でもなんかいかにもアホっぽい感想で恥ずかしいというか。どうにも言いようがないです。そして言いようがないお話というものは、それだけでもう〝替えが効かない〟ということでもあったりして、つまり面白いので本当に困ります。どうしよう……。  引き付けられたというのか、ぐいぐい引っ張られるみたいにして読みました。書かれているのはひとりの青年の小さな恋と、それが敗れた末の悲劇的な結末。すんごい雑な丸め方をするなら『ふられた腹いせに相手を刺しちゃうお話』なのですけれど、まあこう、すごい。何が? 迫力……というのもまた違うんですけど、人のありようというか心の置きどころというか、なんかぐいぐい持って行かれるんです。なんでしょう本当。とりあえず文章が達者で読みやすいのは間違いないんですけど。スルスル読めちゃう。しかも頭の中にしっかり残る。別段わかりやすい派手さがあるわけでもないのに、でもはっきりしていて強い文。  お話の筋、というか書かれているものというか、明らかに響くものがあったのですけれど、正直言って言語化が非常に困難です。これはもう本格的な批評でもないと解体しきれないのではないか、という予感があって、つまり何もできないので震えています。それでも拙いなりに言語化を試みるのであれば、とどのつまりは『貧しさ』という語に収斂されるお話ではないかと、少なくとも自分はそのように読みました。  青年ユルバックの狭い世界、その貧しい想像力。あまりにも拙い先走りの恋や、その落とし前をあんな形でつけるしかなかったこと。また冒頭の虚勢、死ぬ勇気にこだわるところや、それを簡単に覆してしまうところも。貧すればなんとやら、結び付近の展開なんかはもうまさにというか、いえだめですやっぱり全然違う気がしてきた。ていうか違う。こうじゃない、これじゃないんですよ自分の〝好き〟は。本当に言いようがないので、ただ本文を読んでくださいとしか言えません。  凄かったです。何が凄かったのかすら説明できない。なんだか深く静かに圧倒されたような、ただとにかく強い物語でした。面白かったです!

5.0
  • 作品更新日:2020/9/8
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:8話完結

無人島お嬢様

 海難事故に遭い無人島に漂着した青年と、同じく遭難したお嬢様のサバイバル冒険譚。  勢いとパワーのあるコメディ作品、には違いないのですけれど、でも決してそれだけにとどまらないお話です。一見飛び道具的というかむしろ出落ち気味というか、奇抜な設定が売りのお話のようにも見えるのですけれど、さにあらず。  いやその辺りも別に嘘ではないというか、タイトルやキャッチから受ける強烈な印象そのままにお話が展開していくのは事実で、でもその先にあるものが本当にすごかった。王道かつ正統派のボーイ・ミーツ・ガール、ひとりの青年の冒険譚であり、そして成長物語。  本当にもう、ただただ「よかった……」となるお話。なにどうよかったか、どういうラインの「よい」なのかと言えば、「こういうお話が読みたかった!」というような感覚。誤解を招きそうですけどそれでもあえて言いますと、自分の中ではこういう物語を『ライトノベル(少年向け)』の基本線であり理想系と捉えています。ジュブナイルをエンタメ小説の形に徹底的にはめ込んだ作品。太古の昔より伝わる王道を王道のままに、ものすごく食べやすい味付けにしてしまう神業のようなお話。  総じて、この作品の姿勢そのものが大好きなのですけれど、特にクローズアップして言及するのであれば、やっぱり登場人物のキャラクター性が好きです。  例えば、本作無二のヒロインたるお嬢様。相当に風変わりで個性的で、でもその突飛さがあくまで自然な範囲に着地しているところ。一見めちゃくちゃなようでいて、でもしっかり地に足のついたひとりの人間として描かれているのがわかって、だから尖っていても浮ついてはいない、身近な存在として認識できる。彼女のわかりやすい設定(お嬢様然としたところ等)はあくまで取っ掛かりでしかなく、その本当の魅力はもっと軸の部分というか、〝物語に沿わなければ見えてこない程度には深いところ〟にある、というこの造形。  惚れ惚れします。というか、惚れました。いわゆる「魅力的なヒロイン」って、ここまでやらないと張れないんですよね。相当なことで、それは主人公についても同じです。詳細は割愛します(というか読めば一発でわかると思います)が、最高でした。完璧に役割を果たしていたし、して欲しいこと(あるいはそれ以上)をちゃんとやってくれる主人公! そうだよ! それが見たかった! お前最高! 好き!  いやもう、本当、面白かったです。面白かったし最高でした。繰り返しになってしまうんですけど、こういうお話が読みたかったんです。もちろんネタ成分というかパッと見の飛び道具感も大好きで、それがトラップのように働いたというか、コメディとしての面白さをデコイに王道勝負を仕掛けてくる、この豪腕っぷりがもうただただ好きです。太くて強い物語。娯楽作品としての理想系を見た思いでした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/9
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムファンタジー連載:5話完結

至福冥還師 ハッピーエンドをあなたに

 至福冥還師と呼ばれる特別な魔女、ネフティスが魔族を退治して回るお話。  物語世界の設定そのものに絶妙な切れ味を含んだ、ダークな風合いの異世界ファンタジーです。まずもってこの「至福冥還師」というものそれ自体がすごい。詳細はだいたい紹介文(あらすじ)にある通りで、ざっくりいうなら魔族を退治する人です。が、面白いのはその方法で、なんと『最後に幸福を与えて殺す』というもの。もちろん明確な理由あってのことで、そしてそれこそが本作の肝にして最大の魅力です。  この世界そのものの大きなルールというか、物理法則にも似た〝変えようのない仕組み〟の問題。生き物が死に際に残す悔いや恨みが、現世にそのまま〝祟り〟としてとどまり、それがいろいろ厄介を引き起こす、という設定。これを防ぐためには必然的に「幸福の中で死んでもらう」という手段を取ることになるわけで、作中ではその通りにいろんな魔族やら何やらが退治されていくわけですが、この設定から設定へと繋がっていく感じ、ひいてはそれが世界を構築している感覚が非常に魅力的でした。  個人的には〝世界観〟の面白さというか、この世界に住む人の目に見えている世界の、その美しさのようなものを感じます。例えば『死者の怨念』みたいな考え方やものの見方自体は、(それがこの作中の世界のように実在の現象として観測・認識されていないとはいえ)普通に現世にだってあるものだと思うんです。でもこの作品の中では、そこから「じゃあ幸せにして殺せばいいじゃん」に繋がる。筋が通っていて、実際「至福冥還師」はそういう生業として成立していて、それってどういう感覚なのかしら、と、そこを想像するのがとても楽しい。  実を言うならこの「幸福を与えることで厄介を解決する」という考え、現実にも似たような概念自体はあるわけです。例えば「この世に残した未練を解消させることで成仏させる」というような。多少順番が入れ替わるだけで構造は似ていると思うのですが、でも比べるまでもなく全然違う。筋道というか組み立て方をちょっと変えただけで、結果として出来上がる世界の全体像がまるで違ったものになる。この明らかにハードでダークなこのファンタジー世界が、実はその構成要素そのものは現世とそんなに違わないのではないか、という面白さ。いやこれはどちらかというと逆というか、軸に「幸福」「呪いや恨み」そして「人間」があるならほとんど一緒で、でも切り取り方や見方の違いでここまでの世界を作り上げている、その事実にうっとりしてしまったような感覚です。幸福をこう表現するのか、というような。  話の筋に触れている余裕がなくなってしまいましたが、次から次へとバシバシ始末されて(幸せにされて)いく魔族たちが軽快でした。設定部分が凝りに凝っている分、お話自体は真っ直ぐポンポン進んでいくのが好きです。組み上げられた設定とその醸す雰囲気が美しい、シニカルながらもストレートなファンタジーでした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/10
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムミステリー連載:5話完結

自殺に見えない自殺の仕方

 唐突に「自殺に見えない自殺がしたい」という無理難題を吹っかけてくる親友に、不承不承ながらもその手伝いをする高校生の男子のお話。   爽やかで前向きな日常系ライトミステリ、あるいは青春もののコメディ作品です。いわゆる「人が死なないミステリ」には違いないのですけれど、同時に結構しっかりしたドラマもあったりして、いろいろ詰まった贅沢な内容になっています。すんごい完成度。  とっても面白かったというか、読んでいて「あれっ面白いじゃん?」ってなりました。いやこの言い方だとまるで面白くないのが前提のようにも見えてしまいますが、そうでなく。読んでいる最中の体感というか、思わぬところから予想外の面白さが来るんです。  だって自分が読んでいるのは男子ふたりのちょっとおかしな掛け合いコメディのはずで、それがもうしっかり面白いんだからそれで完成しているはずで、だからこっちはそのつもりできっちり満足しているのに、でもあれっこのお話って〝そう〟でしたっけ? というような。実はミステリだったり実は現代ドラマだったりするところ。単品のハンバーガー頼んだはずがポテトとドリンクも付いていた状態。ぜいたく!  いやもう、すごいです。出来がいいというか隙がないというか、仮にわざと粗や不満点を探そうとしても、たぶん何にも見つからないんじゃないか、という印象のお話。こうして言葉にすると簡単そうですけど、そうそうできることではないと思います。  お話の筋はだいたい最初に述べた通りで、仲のいい高校生男子ふたりの物語です。より詳細には、顔はいいけど頭の残念な親友と、それを見つめる主人公のおかしな掛け合い。明るく楽しくコミカルなのはもとより、こいつらのこの関係性の、文章から伝わる手触りがとてもいい。  本当に仲良いんだなこいつらっていうのが伝わってくるのと、あと本当に顔がいいんだな彼というのと、そしてそんな顔のいい男を思う主人公の心情がこう、全然ネトッとしない形でのびのび心地よく描かれていて、その自然な友情のありようが本当にたまりませんでした。  あと単純に陽くん(顔のいい彼)の造形もいい。タグの「残念なイケメン」というのはきっと間違いではないのでしょうけれど、でもそのイメージとは少し軸の違う一面もあるというか、なんだか信頼できるところが最高でした。いやこんなのが身近にいたら充分憧れの対象ですよね、という、「残念なイケメン」タイプの人物には珍しい信用があって、なによりそれが主人公の視点(彼を見る目)によって生み出されている、というのも素敵。  最高でした。言うことなしっていうのはきっとこういうことだと思います。本当に最初から最後まで、まっすぐ前向きな気持ちでただ楽しんだ作品でした。面白かったです!

5.0
  • 作品更新日:2020/9/10
  • 投稿日:2021/12/13
カクヨムSF連載:12話完結

志々見九愛のスーパー大往生

 ことあるごとに「うわァァアアアーーーーーッ!」ってなって死んでしまう『私』のお話。  あるいは、主人公が自分の人生を雑に生きて死ぬ、その繰り返しの物語。いやもう一体なんと言えばいいやら、これ以外にはどうにも説明のしようがないというか、あらすじをまとめるのでさえ難渋します。なにしろニーチェで、それも永劫回帰で、いやタグに書いてあったからそのまま引き写しただけですけれど、でもそう簡単なものではないのはわかります。読後に検索したので。そうかニーチェ……ただ神を死なせただけじゃなかったんだなお前……。  というわけでたぶん「わからん」となっているところがいっぱいあると思うのですけれど、でも実はいうほどわかってないわけでもないというか、だって普通に読んでしまっているんですよ。ただ文字を読んだという意味でなくて、ちゃんとお話を、それも相当にくっきりはっきりした強度で。本当にわからん話はまずこんなスラスラとは読めないんですけど、一体なにがどうなっているのでしょう。  いやこれ本気で感想なりなんなり書こうとしたら、いろいろ前提となる技能や知識が必要になるような気がします。それこそ永劫回帰についてもそうですし、あとどうしても批評の側面が出てくる。とても無理なので呑気に個人的な趣味の話に徹したいのですけど、このお話の一体なにが好きかって、やっぱり終盤(というか最後)の展開だと思います。  最終話。ここだけ明らかに手触りが違うというか、手前である種のネタバレを済ませた後の、ようやくの本番というような。ただし状況は最悪も最悪、これまでどんどん悪化してきたそれが今更ながらに重くのしかかってきて、そこからの逆転の道は果たして見つかるのか否か。この際ですのできっぱり言ってしまうと、その結末が最高でした。拍子抜けするくらいに短い終わり方で、でもしっかりと確かなハッピーエンドの感触。最後一文なんかもう感動しました。説明するのは難しいけど、でもすごく素直な感動。  キャラクターが好きです。主人公も班長も。どこかふわふわと浮ついているのに、なんだかしっとりした人間味みたいなものがある。とても魅力的で、どうしても引きつけられてしまう。なんででしょう。主人公なんかはわりとあかん子というか、序盤から中盤ほとんどふざけ倒してるのに。むしろだからこそなのか、どうにも説明に困るのですけれど、でも魅力的。  あと終盤手前までの世界の壊れ方も好き。大事なものが少しずつ剥がれ落ちていくかのような、このなんとも言えない薄気味の悪さ。迫ってくる驚異の実態が大きすぎてわからないところ。どういうものを食べたらこんなものが書けるようになるやら、本当に気になって仕方ないです。やっぱり何度考えても説明のしようがない、不思議な魅力の詰まった作品でした。

5.0
  • 作品更新日:2020/9/11
  • 投稿日:2021/12/13