プラットホームにて
停止した夜行列車から始まる物語。淡々と進む、とても雰囲気のある作品。 夜中の静けさの中にある乗客の息遣い。たまたま居合わせた乗客同士の浅い会話。どことなく居心地が悪いような一時だけのやり取り。予定外に夜行列車に乗った様子の主人公はどこへ向かっているのだろうか。 まさに一寸先は闇。短くまとまった良作です。
- 作品更新日:2022/3/26
- 投稿日:2022/7/3
なんでもいいじーめん
過保護が故に幾分ぎくしゃくしてしまった父娘関係。それを取り巻く周囲の人間模様。 一話ごとに別視点から語っている為か、それぞれの心情がよく伝わってきます。 そば屋を営む父が嫁いでいく娘の為に、工夫を凝らしたサプライズを準備している様子が微笑ましく、愛を感じられました。 きっと心に残るサプライズだったことでしょう。 読了後、あたたかい気分が残る作品です。
- 作品更新日:2022/3/13
- 投稿日:2022/6/11
新星での海鮮開拓
SF飯テロと言ったら良いでしょうか。宇宙移行士という聞き慣れない言葉は、しかしその字面からなんとなく役割が見えてきます。 新しい星で何が食べられるかなどを調査する方のよう。命は食にありと言いますし、とても重要な役割です。何やらおいしそうな気配にわくわくします。 皆で楽しそうに新星の食材をいただくシーンには空腹を覚えました。始海アジのイカダ焼き、是非ご一緒したいものです。 短編で終わらせるには話がもっと膨らむなと感じていたところ、作品タグからシリーズ作品であることが判明。単作でも楽しめますが、他の作品も気になるところです。
- 作品更新日:2022/2/25
- 投稿日:2022/6/13
頑固本屋
ラーメン屋のような本屋。発想が面白いですね。 店の中に入っても本屋らしさはなく、頑固親父が客にいろいろと注文をつけてゆくテンポの速さが非常に読みやすいです。 太宰の正しい読み方。考えたこともありませんでしたが、独自のこだわりがあり、客に媚びない頑固親父店主。人を選ぶ店です。 実際こんな本屋があったら自分は行ってみたいだろうか? とも考えましたが、意外と癖になり通ってしまう可能性があります。 次はどんな作品をお勧めしてくれるんだろう? そんな期待を込めて。
- 作品更新日:2019/1/31
- 投稿日:2022/7/16
紅茶は茶葉に戻れない
どこか違和感のあるお茶会。 何故少女ふたりで館に引っ越してきたのでしょうか。疑問から始まり、プラスチックのコップでペットボトルの紅茶を飲み、食料も尽きてきたという描写があり、ふたりは廃墟となった館に勝手に滞在しているのではないかと想像出来ます。 家族との不和、日常への不満など……ふたりに何があったのかは徐々に明かされ、ストレートティーとレモンティー、そしてロシアンティーは不穏なものを暗示していることがわかる。 非常に刹那的な逃避行。茶葉に戻れない紅茶のように後戻りが出来ない。 彼女たちはこのあとどうするのか、とても気になる終わり方でした。
- 作品更新日:2022/3/28
- 投稿日:2022/6/12
川の主が死んだ
川の主が死んで次の主を決める為の会議。 きっとそれぞれ思惑があるのでしょう。鴨や山女魚が話し込む姿が目に浮かび、絵本の昔話を読んでいるような気分になりました。 ところで亀は何故次の主を少女に託したのでしょうか。心の病である少女は、大丈夫な存在となったという。もしかしたら少女は既に……と想像したものの、断定はよくないので想像にとどめます。 なんだか不思議な読了感のある作品です。
- 作品更新日:2021/9/21
- 投稿日:2022/6/12
冬のあしおと
一人の少女・菜々に恋した「冬」が主人公の物語。 冬とはまさに四季の冬。季節の擬人化、面白い切り口です。菜々の元を離れがたく長々と居座ってしまい、春の訪れが遅れているようです。 しかしいつまでも春がやってこないわけにもいかない。何より、季節と人間との恋が成就することは絶対にないのです。主人公が菜々を喜ばせようにもうまくいかず、もどかしいですね。 ホワイトデーにある変化が訪れることで、冬はやっとこの地を去ることが出来ます。春の訪れを感じられる終わり方です。 次の冬に主人公がまたやって来るのを楽しみに……その時菜々は今より輝いて見えるかもしれません。 清涼感のある作品です。
- 作品更新日:2018/5/5
- 投稿日:2022/6/19
私は今日、主人を殺す
不穏なタイトルから、お互いに齟齬がありうまく行かなかったご夫婦の話なのだろうかと想像して読み始めましたが、二人の馴れ初めから始まり、結婚しやがて子供が生まれ……と素敵な関係を築いているようです。 しかし、あんなに仲睦まじい様子を見せていたのにいつしか家に帰ってこなくなった夫。何故妻は夫を殺すことになったのか。 それはとても悲しく、けれど愛に溢れ、心を掻き毟られるような決断だったのではないでしょうか。 妻の心が少しでも救われればと、何かお声をかけてあげたくなるような結末でした。 切ない作品です。
- 作品更新日:2022/5/3
- 投稿日:2022/6/21
僕と私と俺と、それから君の短編集
短編集の中から『悪魔の証明裁判』を拝読させていただきました。 奇妙な殺人事件の裁判での被告人である博士の証言。タイトルから、証明することが困難な事件であることが想像出来ます。 なるほど博士の証言は首をかしげるようなことで、到底信じられるはずもありません。 また、ほんのわずかの可能性にかけて、本気で助手に銃を向けられるかという問題もあります。博士の思考回路は常人とはかけ離れている。無罪を主張するのはいささか乱暴ですね。 とても興味深い題材で、短編のよさが感じられる面白い作品です。
- 作品更新日:2022/5/20
- 投稿日:2022/6/13
やがて死に至る幸福~竜伐の英雄と、彼の妻の物語~
タイトルが意味深です。やがて死に至る幸福。幸福が死に至るとはどういうことなのでしょうか。 こちらは、意図的ではないとは言え、竜の子を殺してしまった夫婦の両方の視点から語られる物語です。 母竜の気持ちも、父竜の気持ちもわかります。しかし結果的に妻は死に至る呪いをかけられてしまう。 自身の一部を犠牲にしてまで、妻に呪いをかけた竜の言葉はとても重たいものです。妻のせいで死んでしまった竜の子を思いながら生きる。それはきっと竜が与えた罰なのでしょう。 夫は呪いのもとである竜を殺そうと力をつけてゆき……竜伐の英雄と呼ばれるようになる、運命の日がやってきました。 しかし果たして夫は竜を殺す必要があったのでしょうか。 どちらが正しいとか悪いとか、そういった話ではない。どちらにも立場があるのです。 なんだかとても複雑な気持ちにさせられました。正義とはひとつではないことがよくわかります。そして妻が夫に遺した手紙でわかるタイトルの意味。 名もなき語り部が、最後に救いと希望をもたらしているようにも思えました。 悲しくもどこか幸せな気持ちを残してくれる、素敵なお話です。
- 作品更新日:2021/12/2
- 投稿日:2022/6/5